先輩として
「ところで今年の一年生は全員アダージョ隊に入隊できたんやったっけ?」
と僕は聞いた。
「え? はい。何とか全員参加しています」
急に話題を変えられた麿は慌てたように答えた。夏の合宿が終わってからダニーの指示で演奏技術の上達具合に合わせた楽譜が配られ、アダージョ隊はなんとか全員参加できるようになった。ダニーは全員参加の演奏に拘っていた。
「お前はディヴィジはCやったっけ?」
と改めて確認した。
まだまだ初心者の新入部員の一年生は、上級生とは別に難易度の違う三種類の楽譜が配られていた。
そう、ダニーの指示でその生徒にレベルに合った楽譜で演奏するようになっていた。
最初はCから始まりその後の成長ぶりでBかAの楽譜を振り分けられるようになっていた。
「いえ。やっとBになりました」
「ほ、それは良かった。なら順調に上手くなっとうやん」
思った以上に麿はヴァイオリンをそれなりに習熟していた。
「そうですかねえ?」
「まだ練習初めて半年位やろ? 全然余裕で上手くなってんで」
大二郎もちゃんと麿を教えていたようだった。
「そうなんですか?」
「そうやって。安心しぃや。焦らんでもええから」
「良かったぁ……亮先輩にそう言ってもらえると自信が持てます」
と麿は本当に嬉しそうにそして安心したような表情をみせた。
「なんや? マジで心配しとったんか?」
どうやら単なる『かまってちゃん』ではなく、本当に不安に思っていたようだった。
「マジですよ。だって正や奈緒の方が、なんか俺より上手いような気もするし……置いてかれるような気がしてならんですわ。それに大ちゃん先輩僕には厳しいし……」
と同期の二人の名前を挙げた。いい具合に同級生と競い合う風土が出来ているみたいだ。
――それはお前だけに厳しいのではなく、ただ単に鬱陶しいと思っているだけや――
と思ったが
「それは考え過ぎやな。確かにお前の同期は上手なったけど、別にあいつらがめっちゃうまいとは思わんへんで。今年の新人のヴァイオリン三人は結構上手くなってんで。ボーイングも安定してきとるし」
と僕は卒なく当たり障りのない言葉を返した。と同時にそれは事実でもあった。
「あ、それは何となく自分でも分かります」
と麿は明るい表情で言った。
「せやろ? もっと自信を持ってもええぞ」
と僕は麿を励ました。
「はい」
「まあ、その調子で頑張りや」
「わかりました」
と言って麿は去って言った。どうやら心配事は吹っ切れたようで良かった。一応は可愛い後輩である。少しは先輩らしい事が言えたのではないだろうかと自己満足の世界に浸っていたら
「先輩も大変やな」
と背中越しに声が聞こえた。
振り返ると拓哉と哲也が立っていた。
「なんや? 来とったんや? リーダー会は終わったん?」
「ああ、パーリー会議は終わったで。そんでここに来たら、また亮平が麿に捕まっとるなぁ……って拓哉と言うとったんや」
と哲也が笑いながら言った。
「だったら、見とらんと入ってきたらええのに」
「いやいや。おいらはヴァイオリンの事は分らんからな」
ともっともらしい言い訳をして哲也は首を振った。
「ところで、あいつって吹部出身やんなぁ?」
と拓哉が聞いてきた。
「ああ、確かユーフォやってたって言うとったけど」
と僕が答えると
「今は兼務やったけ?」
拓哉は聞き返してきた。
「いや。ヴァイオリン専従組や」
「そうかぁ……あいつも吹部に行かんとうちに来た口かぁ……」
「どないしたん? なんか気になるんか?」
「いや、別に何もないねんけどな」
と拓哉は首を振った。
「……何もないねんけど、何かがあんねんやろ?」
と僕は拓哉に聞いた。彼がこういう奥歯にものが挟まった様な言い方をした時は、大抵何か言いたいことがある時だ。
2025.05.05 文章修正




