三年生会議 その3
「夏まで基本を徹底的に教えるっていうのは私も賛成。でもそこが不安でもあるん」
「なんで?」
と哲也が聞いた。
「今回、体験入部だけで終わった生徒が六人いたんやけど、なんで体験だけで終わったのかと聞いたら『続けていく自信がない』というのが多かってん。要するに基礎練習で嫌になったみたいやねん。
多分自分たちが演奏している姿まで想像できなかったんやないかと思う。だから今回残ってくれた新入生には、夏までみっちり基礎練習をやってもらいたいんやけど、それだけやったら飽きて辞めてまうかもしれんと思うねん。宏美の言うたように『演奏する楽しさ』も経験してもらいたいんやけど、どうやろ?」
と冴子は三年生に問いかけた。
「それはあるかもなぁ……弦楽器はそれなりに弾けるようになるには、それなりの覚悟と努力がいるからねえ……」
と琴葉が自分にも言い聞かせるように言った。
「でも今から夏休みまでひたすらボーイングの練習させたら、間違いなく辞めるやろうなぁ……」
と哲也が言うと
「そりゃ辞めるやろ。俺でもそんな教え方されたら嫌やわ」
と大二郎が何度も頷きながら言った。
「あんたらの言う通りや。だから課題は『未経験の新入部員に演奏の基礎を教える事』と当時に『楽器の演奏をする楽しみを教える事』『それを維持するためのモチベーションを与える事』だと思うんやけど……どう?」
と冴子が確認するように聞いた。
確かに冴子の言う通りだ。だからそれを具体的にどうするかを、今考えている最中だった。
ただ、こうやって改めて言われると論点が整理できたようですっきりとした気持ちになれた。多分冴子はこの件に関して前もって考えていたんだろう。
「それに関しては何の異議もないし同意できるわ」
と琴葉が冴子の意見に頷いた。
「じゃあ、方向性に関しては間違いではないと思ってええんかな?」
と冴子は全員に確認した。
ここにいた三年生全員が黙って頷いた。
「そういう観点でチーム分けや全体演奏を考えると、哲っちゃんの『たこ・いかチーム』は有りかもしれんと思う」
と冴子も哲也の意見に賛同した。それも魚介類の名前込みでの賛成だ。
「要するに『全員かチーム制で演奏をさせながら、先輩たちが個別指導をする』って言う事?」
と瑞穂が確認した。
「そう。それがモチベーションも下げずに続けられる方法かなぁって思ったんやけどどうやろか? 勿論、四月は未経験の新入生は全員でボーイングの練習から始めるので、個別指導は早くてもGW明けになると思う」
と言うと冴子は全員の顔を見回して同意を求めた。
「チーム分けは後でやるとして基本的にはそれで良いんとちゃうかな? と私は思う……ところで美奈子先生は相談したん?」
と琴葉が冴子に聞いた。
「うん。したよ。いつものごとく『あんたたちで考えなさい』だったけどね」
と『分かり切った事を聞くな』とでも言いたそうな表情で冴子が答えた。
「ホンマにブレへんな。職務怠慢ともいえる位に……」
と琴葉は苦笑いしながら言った。
「それだけ生徒の自主性に任せているという事なんやないの?」
と瑞穂が言ったが、表情は諦め顔だった。
乾いた笑いが教室に軽く漂った。
そんな事を思い出しながら僕は尾坂の顔を見た。
2025.05.05 加筆修正




