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北野坂パレット~この街の色~  作者: うにおいくら
~弦楽のためのアダージョ~

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朝練 その3

 その返事を聞いた時、昨年水岩恵子を教えた時の事を思い出した。あれからまだ一年も経っていないのに、もう懐かしい気持ちがする……と少し思いにふけっていると時岡優奈が

「私もアダージョ隊に入りたいです」

と真剣な面持ちで言ってきた。


「私もです」

と伊藤美優も同じように真顔で訴えるように言った。


「アダージョ隊?」

と僕が聞き返すと

「はい」

と二人とも真剣な表情で同時に返事をした。



『アダージョ隊』とは弦楽チームに与えられた課題曲を演奏する器楽部内にできた楽団の事である。

その課題曲が『弦楽のためのアダージョ』なのである。

もちろんこれが楽団の正式名称ではない……というか部員たちは勝手に『アダージョ隊』とが『アダージョチーム』とか呼んでいた。


 管楽器担当が吹奏楽部に行ってしまったこの時期に、弦楽だけで演奏()れる曲としてバーバーが作曲したこの曲が選ばれた。


 切なくて美しい抒情的な旋律。この『弦楽のためのアダージョ』は元々弦楽四重奏曲第1番ロ短調の第二楽章だったのを弦楽用に編曲したものだ。ジョン・F・ケネディ米国大統領の葬儀でこの曲が流された事で一躍有名になった曲でもある。


 この『弦楽のためのアダージョ』の弦楽チームに参加しているのは、二年三年生とヴァイオリン経験者の例の一年生トリオである。

昨年から管楽器と兼務で弦楽器も練習していた二年生の三名が、何とかついていける程度に腕を上げてきていた。

未経験の一年生は勿論はまだ参加できるレベルでは無かった。




「え? そうなんや?」

と僕は少し驚いて思わず声を上げてしまった。


「はい。先輩たちが演奏してるあの楽団に自分が入れたらどんなに嬉しいか……」

新人たちの目には先輩たちが演奏している姿が神々しく映るのだろうか? と思うほどこの二人の表情は『アダージョ隊』への憧れに満ちていた。


「でも、吹部から他の管楽器が戻ってきたらどうするん?」

兼務の部員はもちろんオーケストラで演奏する時は管楽器に戻る予定だ。数人のアンサンブルを組んで演奏するなら何を弾いても本人の自由ではあるが、全体演奏の時はある程度担当楽器を決められている。


「その時は戻りますが、弦楽演奏のみの時とかに入ることは難しいですか?」

と不安げな表情で時岡優菜は聞いてきた。


 その表情を見て僕は

「う~ん。正直に言って直ぐには難しいと思うけどなぁ……可能性はないとは言えんけど……」

と語尾は濁したあいまいな返事しかできなかった。心の中では「無理やろう」と思っていた。


 うちの部活でヴィブラートを教わるのは、正確にスケールを弾けるようになったからなので、常識的に考えると一年の終わりか二年生になってからかになる。


 その瞬間、また恵子の顔が浮かんだ。


――でも去年の恵子ぐらい練習したら、秋口ぐらいには分からんかもなぁ――


と彼女たち去年の一年生をまたもや思い出してしまった。


 コンクールに参加しながらも恵子たち後輩を教えていた瑞穂。

それに応えようとした恵子たち。

昨年の一年の練習ぶりは本当に凄かった。高校の部活で弦楽器を教えるのは難しいと言われているが、それは『教えられる人がいない』だけではないのか?……という思いも湧き上がるぐらいの成長ぶりだった。


 しかし今、僕の目の前にいる彼女たちは管楽器の担当だ。オーボエにトランペット。つい最近まで吹奏楽部で練習していた二人が果たしてついてこれるのか?……疑問だった。

2025.03.28 加筆修正

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