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北野坂パレット~この街の色~  作者: うにおいくら
~クリスマスの演奏会~

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マエストロの指摘

 オヤジはその二人の後姿を見送りながら

「ち! やっぱり言われたかぁ……」

と何故だか悔しそうに呟いた。


「どういう事?」


「うん? 前々から俺も気にはなっとってんけど、敢えてお前には言わんかったんやけどなぁ……お前はアップライトに慣れとうからな。そろそろグランドピアノにも慣れとった方がええかもなぁとは思っとったんや」


「へぇ そうなんや?」

僕は全く意識していなかった事を言われたので、思わず聞き返した。


「ああ、鍵盤叩いて違いが判らんか?」


「それは判る。なんとなく重さが違う」


「アップライトとグランドでは構造が違うからな。一番の違いは鍵盤の支点の位置の違いや。だから弾く時の重みが少し変わる。勿論、ダイナミックレンジの幅も違うから表現の幅も違ってくるんや」


「そっかぁ……そんなに聞いて分かるぐらい違っていたんかぁ」

なんとなくは意識していたが、こうやって説明されると自分の意識の低さを痛感してしまう。


「まあ、ああ見えても世界の巨匠やからな。ただ、お前のは気になるレベルでもないし。グランドピアノも結構弾いとるからな……。その内、慣れるだろうと思っていたんやけど……オッサンにはキッチリばれとったなぁ。流石やわ」

とオヤジはマエストロが消えていった扉に目をやりながら苦笑いした。


 そして

「世界を知れってか……」

と付け足す様に呟いた。


「お前なぁ、調律ってした事あるか?」

とオヤジは僕に向き直ると唐突に聞いてきた。


「そんなんある訳ないやろ」


「そっかぁ……今どきはそんな事はせんのかなぁ?」

と意外そうな顔で呟いた。


「オヤジは出来んの?」


「ああ、簡単な調整ぐらいやったらな。道具があればやけどな」


「へぇ。凄いな」

と僕は『ヤジを改めて尊敬しても良いぞ』と思えるぐらい驚いていた。


「今度、教えたるわ。お前はもう少しピアノの構造を知った方がええな」

と何故かオヤジは嬉しそうに言った。僕もその件に関しては興味があったので黙って頷いた。


「ところで父さん、素朴な質問なんやけど、なんでその世界の巨匠がこんなところにおるんや?」

僕はオヤジに聞いた。


「ああ、それか。それは鈴が呼んだからや」

素朴な質問には簡潔過ぎる答えが返ってきた。


「え? このクリスマスパーティーに?」


「そうや」


「世界の巨匠を?」


「せや」

オヤジは事もなげにそう言った。


 だが、近所の知り合いのオッサンを呼ぶのとは訳が違う。言っても世界の巨匠だ。ピアニストでも在りながら指揮者としても第一人者として認められている巨匠だ。世界の名だたるオーケストラで演奏してきた未だに第一線で活躍する指揮者だ。


そんな気やすく呼べる存在か? あまりにもオヤジの物言いは軽すぎる。扱いが適当過ぎる。


 それを察したかのように

「鈴のオヤジがな……冴子の爺ちゃんな。その爺ちゃんが若いころ、ヨーロッパにおる時にまだ若いヴァレンタインを気に入って何度も日本に呼んで演奏させていたんや。お互いに気が合ったんやろうな。そんで日本を気に入って暫くは鈴の家の居候したりもしてたな。今回はちょうどアメリカから戻るのを知っていた鈴が呼んだちゅう訳や」

と教えてくれた。だから日本語もそれなりに堪能なのか。


「いや、それは分かったけど、ホンマにそんなんでやって来るって凄いなぁ」


「まぁ、長い付き合いやからなぁ」


「父さんも知っとったんやろ」


「ヴァレンタインの事か?」


「うん」

僕は頷いた。


「ああ、よう知っとうで。色々と鬱陶しいオッサンやわ」

と笑いながら言った。オヤジとも結構付き合いが深い様だ。



「今回のはアメリカでの仕事も終わったみたいやからヨーロッパに帰るらしいわ……そのついでというか……まあなんて言うか……クリスマスやしなぁ……」

と語尾を濁らせた。詳しい話はオヤジも聞いていないのかもしれない。


「クリスマス?」


「まあ、冴子の演奏をヴァレンタインに聞かせたかったんとちゃうか?」


「え? でも冴子はヴァイオリンの曲を一曲しか弾いてへんで」


「そうやなぁ……ピアノも聞かせたかったんやないか?」

とオヤジはどうでも良さげに言葉を返してきた。


「ピアノねぇ……ヴァイオリンに転向するって大見得切ってたのに……父さんが言うてた通り、やっぱりピアノに目覚めたんかなぁ」


――それにしても金持ちはスケールが違う。親ばかにもほどがある。

確かに冴子のピアノとヴァイオリンは才能と将来性を充分に感じさせるレベルのものではあるが、それを聞かせるためにわざわざ世界の巨匠を呼び寄せるって……本当にお金が余っている人たちの考える事は良く分からん。まあ、冴子の演奏ならそれもあり得るか……――


となんとなくそうやって自分を納得させようとした。本当に親ばかって凄いな。


 僕がそんな事を考えていると哲也と拓哉がやってきた。

二人はオヤジの姿に気が付くと軽く頭を下げて挨拶をした。


 オヤジは二人に片手を挙げて挨拶を返すと

「さて、そろそろ俺も仕事に戻ろかな」

と言ってそそくさと広間から出て行った。


2024.10.07 加筆修正

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