表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

修三の登山

屋久島宮之浦岳にて。恐ろしいほど静かだった夜

作者: 五月雨花月

 10月初旬、屋久島の宮之浦岳に登った。前日飛行機で移動してバス停の近いホテルに投宿。望外に温泉付きで嬉しい。


翌朝は快晴となり、バスで山奥の屋久杉ランドに到着する。屋久杉ランドは初心者向け観光地だが、上級向けのハードなルートへの分岐点があるのだ。初日は石塚小屋に泊まる予定だ。明日明後日に宮之浦岳、縄文杉に至るので楽しみだ。一番きついのは初日だ。距離と高度を稼ぐ必要がある。渓流を横切る。猿が眼前を横切る。幾度か方向を見失う。午後3時過ぎ、歩き出して4、5時間。大岩の上に登るとようやく高度を自覚した。それからしばらくして石塚小屋に到着した。コンクリートブロックを積み上げた2階建ての、6人ほどで満員になる小さな無人小屋である。到着してすぐに湯を沸かしてレトルトカレーを作る。ごはんに芯が残ってしまったがそれなりに食べられる。


 山の夜は早い。食べ終わると暇なので、すぐ寝袋に入る。寝袋は2階に敷いた。日没になっても誰も来ない。今宵は一人だ。携帯端末で音楽を聴いたり小説を読んだりしたが、疲労が重くすぐ眠る。


 そして午後10時半、目が覚めた。3時間以上眠っていた。星明りがあるのか曇り窓がぼんやり明るい。ヘッドランプを点けるとその明かりも闇となった。


 俺は、静かすぎることに気付いた。小屋の周囲は木立に囲まれているが、葉のこすれる音も、風の音も、何も聞こえない。


 何故か鼓動が早くなっていく。何故か恐怖が沸き起こる。耳鳴りがするほどの静けさの中、時間の感覚が狂っていく。闇を恐れているのか、静寂を恐れているのか、異常な緊張感が途切れない。呼吸一つ、鼓動一つが明確に感じ取れる。そして。


 俺は何かの物音を小屋の外に捉えた。微かな音だ。


 足音だろうか、忍ぶようにカサリ、カサリとゆっくり聞こえる。


 全身に鳥肌が立った。


 小屋の引き戸には鍵など無い。


 息を殺して外の気配を探る。すさまじく静かなので、足音が小屋の周囲を回っていることが伝わってくる。


 何だろうか、屋久島にいる動物は猪、鹿、猿だ。鹿と猿は単独行動を好まない。猪か。しかし一方で記憶が走り出す。屋久島は森が深く険しい。毎年遭難事故があり、遺体のみつからないことがたくさんあるという。


 俺は、寝袋の中で天井を見上げたまま、気配を探り続ける。


 やがて、足音が止まった。引き戸の前だ。そっと身体を起こし見下ろす。引き戸の網ガラスは闇のまま。そのまま時間が過ぎていく。数分もしくは数時間。


 そして、やがて、ふと気づく。傍らの曇り窓に光があることを。月だ。


 我慢できなくてガラガラと音を立てて窓を開ける。満月だ。優しくぼやけた満月だ。光をこれほど心強く思ったのは初めてだ。


 足音は今も聞こえない。しかし圧迫感が薄れていく。頭を出して窓の下を覗く勇気はなかったが、そのまま月を眺めていると、ようやく眠れた。時刻は午前2時過ぎ。一度起きてから四時間近く過ぎていた。


 翌朝、周辺の足跡を確かめた。わからない。二本蹴爪、もしくは三本蹴爪が小屋を取り囲んでいた。猿でも鹿でも猪でもない。


 その後は普通に登山を楽しんだ。次の山小屋ではカレーを作ったら鹿に食べられそうになった。


 各地の山に登るが、あの夜のような体験は二度とない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ