59.マイルド国に出戻って、復讐を果たします。
それから三日後。
ストロング国にいる従業員が総出で夜もほとんど眠らずに働いてやっとマイルド国の舞踏会で献上するお酒が出来上がった。
もう本当疲れた。
心から酒樽も見たくないしアルコールの匂いを嗅ぎたくない。
手も足も棒のようだ。
そんな中全員で作ったアルコールを十郎たちを中心に宿屋にある私の部屋に運んだ。
すぐに空間転移の魔道具を起動して向こう側で待ち受ける一花と一郎たちに送る。
クタクタになってそれを終えたのはその舞踏会が開かれる当時の朝だった。
慌ただしく一郎たちはそれを受け取ると待機していたマイルド国側の従業員全員で何回かに分けてそれを王宮に搬入した。
搬入がすべて終わったと連絡があったのは昼過ぎになってからだった。
よかったぁー間に合った。
あとは私が向こう側に転移して献上するお酒を舞踏会で王に捧げるだけだ。
私は一郎の連絡を受けた後探知魔法が作動していないのを確認して魔法を使ってマイルド国にあるお店に転移した。
シュッ。
トン。
「「「御主人様!」」」
一花たち三人が店に現れた私に抱き付いてきた。
「お久しぶりです。ご主人様。」
抱き付かれている私に一郎たちが周囲を警戒しながら話しかけてきた。
その間も彼らは油断なく交代で窓外を窺っている。
うん、さすが一郎たちね。
私は感心しながらもふと違和感を感じた。
「あらマッツたちは?」
一応突然現れた私を訝しく思うだろうとあらかじめ言い訳を考えていたのだが一郎からは意外なことを聞かされた。
「ストロング国からの突然の指令で朝方国境沿いに偵察に行っきました。」
「国境沿いに偵察?」
なんでこの時期にそんなことを・・・。
何かあったの?
でもストロング国の王都にいる六花たちからは何も聞いていないし・・・。
なんだか嫌な感じがするけど今日を逃すと・・・。
私はそこで深く考えることを止めた。
もっとも後でなんでもっとよく考えなかったのかと後悔する羽目になったが。
この時の私はもうすぐ自分の復讐が実現することばかりに気をとられていてほかは何も頭になかった。
すぐにその事を忘れて私は一花たちが使っている私室に向かうと彼女たちに手伝って貰って王宮に上がるための服に着替えた。
鏡を見ながらふと昔の自分が重なった。
昔は銀髪だったが今はもう真っ黒な髪でかつての自分とは何もかもが違っていた。
こんな自分を憶えているものがいる訳もないか。
それはそれでちょっと寂しいが・・・。
結局私には前世でも今世でも恋人も親友も出来なかった。
ちょっと情けないわね。
自嘲しながら鏡を見た。
こんな服装堅苦しいし今の自分には心底似合っていない。
そう思いながらもいつも着ている通りの楽な格好ではさすがに王宮に入れてもらえない。
私は溜息を吐きながら舞踏会用のドレスに着替えると一郎たちがお店の前に回してくれた馬車に向かった。
「じゃあ行ってくるわ。いいわね。七郎の言うことを聞いて念のためとか思ってここで私を待つんじゃなく、まっすぐストロング国に向かうのよ。」
「ですが御主人様・・・。」
言い澱んだ一花に私は命令した。
「これは命令よ。」
一花たちが寂しそうに項垂れたが舞踏会の雑踏に紛れて私が王太子夫妻と黒幕である二人を討ったことがバレれば必ず兵がこの店を調べに来るだろう。
バレれるつもりはないが万一のことがある。
そんな場所に彼女たちがいられては困る。
下手をすれば捕まってあの時の私のような目に遭う可能性もある。
彼女たちが私の復讐の手助けしてくれようとしているのはとてもよくわかっているが獣人の身体能力とメガネについている付帯魔法だけでは心もとなさすぎる。
私は心を鬼にして三人に命令すると彼女たちは渋々頷いた。
ヨシ。
私は一花たちと店の前で別れると一郎と次郎それに三郎を連れて王宮に向かった。
王宮前にある第一門の所で降りると延々と続く長い列に並ぶ。
私たちが並んでいるその隣を数台の豪奢な造りの馬車が通り過ぎて行った。
また昔の記憶がふと蘇った。
昔の自分もさっき通ったあの豪奢な馬車に乗る方だった。
今はそんな彼らを疎ましく思っているが取り返せるなら豪奢な馬車に乗っていた頃の両親とはまた会ってみたい。
もう一度取り戻せるならあの時間を取り戻したい!
だけど死んだ人間はかえって来ないのだ。
そうもう二度とあの温かい日々は戻って来ない。
「ご主人様ご主人様ご主人様。大丈夫ですか?」
一郎の声にハッとなって顔を上げると彼が心配そうな顔で私を覗き込んできた。
「ええ、大丈夫。ちょっとぼんやりしてただけよ。」
どうやら何度も呼びかけたのに返事をしない私を気分が悪くなったかと思ったようだ。
まっ変なことを思い出して確かに気分は悪いけど今はもうすぐ復讐を果たせるという思いの方が強いのである意味気力はいつも以上に充実している。
私はもう一度一郎に”大丈夫よ。”と答えると長い列に目を戻した。
それから数刻以上待ってから私たちはやっと招待状を見せると王宮の第三の入り口から中に入った。
そこは豪奢な貴族専用の入り口からかなり北側にある簡素な造りで舞踏会に招待された一般市民専用の入り口だ。
こちら側はかなり厳しい検問が敷かれていた。
「おい招待状を見せろ。」
偉そうな顔をした兵士が剣をチラつかせて顎を杓った。
一郎が横柄な兵士に招待状と小銭それに献上酒の瓶を渡すとニヤリと笑った兵士がすぐにその場を通してくれた。
はぁーここもこうなのか。
なんとも落ちぶれた警備に嫌気がさすがお陰でほとんど荷物も確認されずに通されたのでここは良かったと考えるべきだろう。
私たちはそのまま舞踏会会場の広間に向かった。
途中次郎と三郎が人込みに隠れて暗殺予定の四人の動向を探るべく私たちと別れた。
なので私は一郎だけを連れて煌びやかな王宮に足を踏み入れた。
ザワザワとした喧騒の中壁際に向かって歩いていく。
舞踏会会場は暗黙の了解で場所が分かれていた。
平民は全員王族が登場する入り口から一番遠い場所で待つ。
それでどうやって王に献上するかと言うと予め納めた酒を侍従が王に渡し王が酒を掲げた時捧げた平民が頭を下げることで献上したことになるのだ。
それじゃ誰が捧げたかわからないと言うがその前に侍従が名前を読み上げるのでそれがある意味捧げるとみなされる。
はぁー今考えれば随分と面倒なことだと思うがこれがある意味この国のしきたりなのだ。
私がそんな事を考えているとザワザワしていた会場がだんだんと静かになり侍従が名を読み上げ高位貴族が続々と会場に入ってきた。
中央の高い螺旋階段を名前を呼ばれたスコット=ヴィゴ伯爵が太ったお腹を重く揺らしながら降りて来た。
次にヴァイス=インヒト侯爵が現れ彼も同じく低い身長で小太りな体を揺らしてドテドテと降りて来た。
あの二人か。
昔はかなり細身だったと思うが今は見る影もないようだ。
隣に連れている女性もどうも昔見た夫人とは違うようだ。
私が二人が連れている夫人を見つめていると一郎が小声で教えてくれた。
「彼らの前妻は相次いで流行病で亡くなったそうです。そのすぐ後に”中の国”から紹介された若い女性を後妻に向かえようです。」
なるほどね。
なら別に気にせず彼らをまとめて血祭りにあげても問題ないわね。
私がそう考えているうちに侍従がまた名を読み上げた。
奥にある王族専用の階段から今度は王太子夫妻が降りて来た。
白い礼服に金髪をサラリと流したコウ王太子と豪奢なドレスに身を包んだミエ王太子妃が現れた。
貴族たちから熱い視線が注がれる。
この格差がある中平民での彼女に異議を唱える者は誰もいなかった。
ある意味薄ら寒い光景だ。
”魅了の瞳”の威力に思わずゾクリと背が震えた。
彼らが下まで降り切るとやっと王と王妃が現れ階段の中ほどにある席で王が侍従から渡された杯を掲げた。
私と一郎それに周囲の平民が頭を下げた。
貴族たちは各々配られた杯を王に掲げる。
侍従が捧げた者の名を読み上げ王の声で乾杯の合図がされると舞踏会が始まった。
やっと行動開始だ。
私の隣では一郎がさりげなく周囲を警戒してくれていた。
さすがに数十年ぶりの王宮だ。
用心しすぎることはない。
さあ今日こそ彼らを葬る千載一遇のチャンスだ。
彼らが舞踏会の会場を離れたらすぐにその後を追って・・・。
私たちはさりげなく壁際に寄ると四人の行動を追っていた。
周囲は音楽が流れ出し王太子夫妻が中央に出て始まりのワルツを踊り出そうとした時物凄い轟音が響いて床が揺れた。
その途端ものすごい量の煙が会場になだれ込んで来ていきなりその場が大混乱に陥った。




