51.帰路
ちょこっとだけ、虫、注意報です。
私は十郎に近づくと彼を抱き起した。
彼は鼻を手で覆って死にそうになっているけどどうしよう。
私がそう思っているとすぐ隣で九朗に何かの薬を鼻に突っ込んでいたヴォイが私に何かを放り投げてきた。
受け取って見ると細い筒状のものだ。
どうやらそれを鼻に突っ込めということらしい。
私は必死に鼻を抑えている十郎の手を振りほどくと両方の鼻にそれを突っ込んだ。
しばらくすると呻いていた彼は鼻から手を退けて目を開けた。
どうやら効果があったようだ。
「大丈夫なようね。」
ヴォイの声に起き上がった三人は頷いた。
あれなんだったの?
ちょっと疑問に思った私だったがヴォイのすがすがしい笑顔に何でか聞かない方がいい気がしてその質問は胸に仕舞った。
ヴォイは私のそんな考えも知らず三人の様子に満足するとダン王子に周囲を確認してくれるようにお願いしていた。
ダン王子は私が見ている前でしばらく身動きせずに何かに集中しているとすぐにカッと目を開いて太陽が昇っている方とは反対側を指差した。
よく目を凝らすと黒い靄が見える。
まだいたの!
私の絶望的な顔と裏腹にヴォイは腰に下げていた魔法の袋を取り出すとその口を開けた。
途端周囲に物凄いお酢の匂いが舞い上がる。
袋からその匂いの広がるのと同じようにドンドンと黒い液体が溢れ出てきた。
「ダン王子!」
ヴォイの声に彼は風を起こすとそれを向かってくる黒い靄に向け放った。
黒い靄はしばらくその液体を掛けられた所で止まっていたが見ているうちに靄がだんだんと薄くなってきて最後には地面に向けてバラバラと無数の黒い塊が落ちて行った。
ヴォイとダン王子は同じことを三回ほど繰り返すと私たちの方に戻って来た。
「もう大丈夫だ。」
ダン王子はそう言っていつの間にか震えていた私を抱きしめてくれた。
自分では気を張っていたようで気づいていなかったが恐怖で予想以上の魔力を使っていたようだ。
急激な魔力の欠乏で今は体の震えが止まらなかった。
情けない。
こんなことで動揺するようでは両親の復讐なんて出来るはずがないのに・・・。
私はそんな事を考えていたせいで彼が震える私をお姫様抱っこという恥ずかしい姿で抱えあげたのに気づかなかった。
彼は口笛で戻って来た愛馬に私を乗せると傍にいたヴォイに声をかけた。
「ヴォイ後はまかす。」
ダン王子はそう言うと私を抱きかかえて砂漠を走り出した。
ちなみに私は彼に抱きかかえられたところで魔力欠乏で気を失ってしまった。
ザァー
バタバタバタ
ザァー
私がうるさい音に目を覚ました時にはもうそこは砂漠ではなく船の中だった。
どうやら無防備にも爆睡してしまったようだ。
「御主人様大丈夫ですか?」
眠っていたベッドの脇を見ると心配そうな顔した十花がいた。
「十花なんでここに!」
「一花たちが戻って来ないと聞きましたので代わりに船で待機していました。」
十花はそう言うと私の体を起こして背に枕を当てると水を差し出してくれた。
そう言えば物凄く喉が渇いていた。
私はそれを無言で受け取るとごくごくと飲み干した。
すぐにコップを差し出し十花がまたそこに水を注いでくれた。
それも飲み干すとやっと落ち着いきて思考が回って来た。
自分の体の状態を確認する為目を瞑って体に魔力を流して見ると眠ったせいかだいぶ回復していて寝る前のように震えることもなくスムーズに魔力が流れた。
ホッと息をついたところで部屋の扉をノックする音がした。
十花がドアに行って私にダン王子が来たことを告げた。
私は頷くと彼が部屋に入ってきた。
「どうだ体調は?」
珍しく心配そうな顔で私をみつめてきた。
なんとも麗しい顔で見つめてくるので思わず意識してしまい顔が真っ赤になった。
うそっ。
前世でも恋人なんかいなかったし今世でも婚約者はいたけどキ・・・キスすらまともにしたことがない。
そんな経験値が低い人間にその美しい憂い顔はやめてぇー。
私は心の中で叫んだがダン王子は何を思ったのかつかつかとベッドに近づくと額をこつんと当てた。
「顔が赤い。熱があるんじゃないか?」
ヒョエェー。
熱なんてありません。
勘違いです。
私はさらに真っ赤になった顔で必死に弁解したがなんでか王子さまはベッドに私を寝かすと布団をかけてもう一度額を当てた。
「やっぱり熱い。まだ寝ていろ!」
そう言うと部屋から出て行ってしまった。
呆然とそれを見送った私は彼が出て行ってから気がついた。
しまったぁー。
砂漠で起こった虫のこと聞くの忘れたぁー。
もう一度ダン王子かヴォイを連れてきてくれるように十花に言おうとしたが心配した彼女に寝ているように言われ本人はヴォイに薬を貰ってくるといなくなってしまった。
私はダン王子が触った額に手を置くと体の力を抜いた。
もういいわぁ。
後にしよう。
私は毛布を被るとベッドに沈みこんだ。




