46.ある王子の一日
ズルズルズル・・・!
「おい、いい加減に離せレッド。」
ダン王子はレッドが掴んでいる襟首にあった手に自分の手を重ねて引き剥がさそうとした。
「ブッ。」
パッタンパッタンパッタン・・・。
揺れ動くレッドの尻尾が彼の端正な顔に当たった。
「おい尻尾!」
レッドは引きずっていたダン王子の体を腕一本で立ち上がらせたが襟首に置かれた手は離さなかった。
「おい、いつまで人の襟を引っ張ってるつもりだ。」
「王子がちゃーんと執務室で仕事を始めるまでです。」
「分かった。仕事はやるから離せアホ。」
ダン王子より背が高いレッドは澄まし顔でそれを聞き流した。
「おい!」
ダン王子の怒鳴り声は横を歩くレッドからまたもや無視られた。
そのまま二人は王城にある王子の執務室に入るまでその状態が続いた。
周囲にはダン王子の怒鳴り声とそれを平然と無視する部下の姿に唖然とした人々が呆けた顔でその二人を見送った。
執務室に入るとレッドはダン王子を彼の椅子にドサッと降ろした。
彼は執務机に座らされると仕方なく雪崩が起きそうな書類を一山手に取ると読み始めた。
すぐに判断してそれを片付ける。
その様子を見てやっと肩の力を抜いたレッドはダン王子から視線を外すと自分の仕事をやるためにソファーに座った。
彼はレッドの視線が外れたのを感じとると決済書類を見ながら今日の自分のやる気のなさがどこから出ているのか考え始めた。
もちろん書類を読みながらその内容もきちんと把握していた。
それにしてもなんでこんなにやる気が出ないんだ。
さっきもせっかく一花(←六花のことです。)がいる店に行ったのに彼女の猫耳をモフモフせずになんでレッドの・・・。
おぇー。
吐きそうだ。
なんで自分はこんなことをしているんだ。
ダン王子は自分の不甲斐無さを反省しながらどうしてそんな事をする自分がいるのか理解出来なかった。
お陰で書類を読むだけでいつもの倍以上の時間がかかってしまった。
そのうち窓の外がたそがれてくると執務室の扉の前が騒がしくなった。
なんだ珍しく煩いな。
ダン王子がそう思ったところにヴォイが扉を派手に開けると部屋の中に現れた。
二人の顔が扉の人物に向けられた。
「ヴォイお前何でここにいる?」
レッドが書類を置くとヴォイが手を腰にして勝利者の顔でダン王子に近づいた。
ふっふっふっふぅ。
「今年は私の勝ちよ。」
何が勝ちなんだ?
二人が同じ気持ちでヴォイを見ると彼はダン王子の机に積まれている書類の山を指した。
「「はぁ?」」
もしかして書類仕事のことを言ってるのか?
ダン王子がそう思ってヴォイを見ると彼は徐に口を開いた。
「もうこっちは終わらせたんだから。」
ダン王子は興味をなくしたように最後の一山を数分で片付けると反論した。
「魔術副師長のヘインに手伝ってもらったお前に言われたくない。」
「はっ終われば正義よ。」
険悪な二人を無視してレッドが二人の間に立ち塞がると二人に一山づつ書類を手渡した。
「終わったんなら手伝って下さい。」
「「おい!」」
カッチーン
睨む二人にレッドは腰の剣を鳴らした。
文句を言おうとしていた二人は黙って机に着くとその書類の山を手伝った。
日が完全に暮れた所で書類が片付いたレッドはその山を抱えると王子がいる執務室を出て行った。
ヴォイとダン王子がげっそりした顔を突き合わせた。
ヴォイは棚にあった酒瓶を勝手に手に取ると栓を開けた。
「さすがに王家のね良い酒だわ。」
ダン王子も渡されたグラスを受け取った。
「ねえどうしてそうなっているのか理解できているのかしら?」
「はぁ?なんの話だ。」
ヴォイは頭を抱えながら酒を煽って力をつけると鈍感な従兄に詳しく説明してやった。
「猫耳をもふもふしたくないんでしょ。」
「いやそんなことは・・・。」
「それどころか猫耳ちゃん以上に気になる人が出来たんじゃない。」
「何を言っている。」
立ち上がって反論しようとしたが思い当たり過ぎて何も言い返せなかった。
そうだ。
なんでかシロがマイルド国に行ってから彼女のことばかりが気になっていた。
向こうでちゃんとやっているのかとか危ない目に会っていないかとかそんなことばかりを・・・。
なんでそんなに気になるのか自分でもわからなかった。
とぼけた顔でまた物思いに耽り始めたダン王子にどこまで本当のことを言うべきかグラスを片手にヴォイは思案に暮れた。




