44.材料調達
「さあ、早く教えなさい。」
「お・・・落ち着いて下さい。」
センが両手で、私をなだめようとした。
そんなことで、落ち着けるか!
「さあさあさあ、白状しなさい。ど・こ・で、この食材を、手に入れたのよ。」
私は彼の手をペシッと叩き落とすと、思わず顔を近づけて、にじり寄った。
「わ・・・私の出身地からです。」
彼は私が近寄った分、後ろに下がりながら、答えた。
「出身地?」
「ええ、私はボーダー領の出身なんです。」
ボーダー領・・・。
ボーダー・・・。
ボーダーって、どこかで聞いた覚えが・・・。
はっ、そうよ。
ミエ・エライ・ボーダー!
「王太子妃の出身地!」
「ええ、そこが唯一、今回の税制改革で、農地壊滅を逃れた領地なんです。だから、伝手があるんで、そこから、取り寄せているんですよ。」
私の鬼気迫る顔に、ビクッと怖気づくように、腰を引き気味にしながらも、彼は話してくれた。
私は、さらに、彼に顔を近づけると、その両手をギュッと掴んで、目の前まで、手を持ち上げると、ちょっとの懇願と、大部分は脅迫の顔で、彼に迫った。
「わ・け・て、ちょうだい。」
「えっ。」
「だ・か・ら、その食材を言い値で買うから、分けて。」
「い・・・いや・・・。」
「わけて。」
彼はどんどんと壁際に後退し、私はずんずん前進した。
「わ・け・て!」
「わ・・・わかりました。」
壁際まで追い詰められて、それ以上、下がれなくなってから、やっと了承してくれた。
ヨッシャー
私は、腕を高々と上げた。
そして、勝利の雄叫びを上げると、私の叫び声を聞いたリョウとナガイが、焦った様子で、厨房から現れた。
「何があった、師匠?」
白いエプロンをしたリョウが、お玉を持って、周囲を警戒するように、それを振った。
「何があったんですか?」
ナガイも、ジャガイモの皮むき器を、右手に持って現れた。
そう言えば、さっき買った材料、使えなかったんだっけ。
私は二人に、先程の分析結果を伝えた。
「えっ、なんで、水銀は、ダメなんですか?」
ナガイがジャガイモの皮むき器を持って、首を傾げる。
なんか、かわいいじゃない。
なんでか、ちょっと負けた気がした。
いや、今はそこじゃない。
違う話よ。
私は、取り敢えず、それを多量に摂取し続けると、中枢神経が冒され、手足のしびれ、言語障害、目や耳の機能喪失を起こし、最悪、重症化すると、死亡することもあると説明した。
「「「「えっ、そうなんですか。」」」」
全員が知らなかったようで、そう返えしてきた。
「えっ、知らなかったの?」
「はい。それじゃ、水銀製剤を使うと、場合によっては、死ぬことがあるってことですか?」
センが聞きながら、蒼褪めていた。
私は、頷いた。
全員からガーンをという音が聞こえた。
けっこうショックだったようだが、早めに知っていれば、対処できる。
宿屋の主人であるセンは、早速今から、ボーダー領に戻って、ここで知った水銀製剤の話と、私が依頼した食料調達の件を、何とかしてくると言うと、宿を出て行った。
さすがは、商人。
腰が軽いわ。
私は、彼を見送った後、空いているテーブルにつくと、一花に言って、書くものと書きつけるものを出してもらった。
すぐに、出店に伴う、費用計算を始めた。
やはり、昼までの営業では、これだけ、税金を捕られると、やっていけ。
絶対、開店した途端に、赤字になってしまう。
そうなると、考えられるのは、夕方から夜中にかけて、何かをやるしかないか。
一応、公にはしていないが、アルコール類の製造には、すでに着手していた。
この王都の状況を見る限りは、前世知識でいう居酒屋をやるしかないだろう。
今回は、アルコール類は持って来ていないが、ボーダー領では調達できない、牛乳と同じように、魔法を使って、ここに輸送するのが、最善だろう。
私は意を決すると、店の下見から戻って来た一郎を伴なって、店の賃貸契約に向かった。
ここは、立地条件が一番いいところに出店して、勝負をかけるしかない。
私は、新たな戦場に、向かうことを決心した。




