39.祖国に向かう。
王宮で魔法指導をして店に戻るともう夕闇が迫ってくる時刻で一花たちが閉店の準備をしていた。
「お帰りなさいませ、御主人様。」
一花が前世のメイド喫茶のような可愛い制服と笑顔で私を出迎えてくれた。
はぁー癒されるぅー。
「ただいま一花。今日もご苦労様。」
私は一花を労うと店に入った。
「お帰りなさいご主人様。」
一郎が箒を片手に厨房から出てきた。
「ただいま一郎。今日もご苦労様。私はこのまま休むから夕食はいらないわ。」
私は一郎を労い夕食を食べないことを伝えるとそのまま店内を抜けて二階にある自分の部屋に向かった。
ヴォイから貰った依頼料をすぐに寝室の金庫にしまうとそのまま浴室に向かった。
蛇口をひねってお湯を溜めるとあつい湯に浸かる。
お湯の中でぼんやりとマイルド国に連れていくメンバーを考えていた。
しかしどんなに考えても一郎たちを連れて行かなかった場合のマイナス点が大きい。
やっぱり自分の復讐を遂げるためには一郎たちを連れて行くのがベストだ。
けれど彼らは獣人なのでそれが問題になる。
獣人と人間の違い。
尻尾があるかないかと耳が違うくらい。
後は毛むくじゃらかそうでないかくらいか。
うーん、それくらいなら何とか出来るか。
私は早々と風呂を出ると寝室にあった金庫を開けて中からミスリルを数個取り出した。
昨日と同じようにミスリルを手に取って指輪を連想する。
すぐに私の魔力を受けて数個の指輪が完成した。
さて、あとは魔法文字を刻めば完成だ。
どうせならただ人間に変身できるだけじゃなく他の魔法も追加しよう。
変身人間
魔力強化
私は魔法文字を刻んだ指輪を掲げた。
この指輪をつけて一郎たちをマイルド国に連れて入れば開店した後あの国の詳細な状況を調べることができる。
私はニンマリしてからその魔道具を金庫の中に仕舞った。
ふと厚いカーテンの隙間から光がこぼれているのに気がついた。
カーテンを開けて窓外を見上げた。
丸い月が晴れた夜空に浮かび上がっていた。
もうすぐ復讐のための具体的な第一歩を踏み出せるんだ。
私は棚にあった強い酒をグラスにトクトクと入れるとそれを一気に煽った。
濃度の高いアルコールが喉を焼いて胃に消えた。
やっと故郷に戻ってあのクソ忌々しい王太子夫妻を血祭りにあげられるんだ。
思わず力がはいって持っていたグラスにピシッと音がした。
夜空はそんな私の心の中とは正反対な美しい月が輝いていた。
翌朝からはかなりの強行軍で出店の準備を始めた。
バタバタと過ぎた二週間後。
人間に変身できる魔道具の腕輪をした一郎次郎三郎に人間の男性に変身できる魔道具の指輪をした一花二花三花と王宮のスパイさんたちで一路ストラング国の港町に向かていた。
料理人は港町にいるオッサンとその弟子なので港で合流する予定だ。
合流した後は一旦ラゲッティ商会の船に乗りマイルド国のすぐ傍にある砂漠に送ってもらう予定だ。
それにしてもまさか一花たちが一緒に行きたがるとは思わなかった。
一郎たちに獣人を人間に変身できるようにする腕輪を渡した途端、自分たちにはないのかと大騒ぎになったのだ。
流石に一郎も今回のマイルド国行きはかなり危険が伴うとわかっていたので次郎と三郎の二人も一緒に彼女たちに思い留まるように何度も説得したが三人は頑として受け入れなかった。
それどころか一花たちに逆に説得された一郎たちにせっつかれて最後には追加で人間の男性に変身できる指輪を作らされた。
まったくなんでこんなことになったのか。
ふと馬車の窓から馬に乗っている一花たちを見た。
初めての乗馬のはずなのに上手く乗りこなしていた。
うーんさすが獣人。
運動神経が抜群のせいか動くことに関してはなんでも器用にこなす。
それにしてもそろそろ疲れて来た。
まだ着かないのかな。
港町が見えて来てもいい頃なんだけど。
そう思って馬車の窓を開けて見ると風に乗って湿った塩の香りが漂ってきた。
一花がもう見えてきましたと馬車の窓を開けた私に教えてくれた。
なんだか懐かしい香りに胸が高鳴った。
そんなに長く住んでいたわけではないが私がこの国に来てからの第一歩はここから始まったのだと思うと感慨深かった。
私たちは港町に入ると馬車と馬をラゲッティ商会の商人に船に積み込んでおいてもらうようにお願いすると集合場所である星のマークがついた看板がある”星の酒場”に徒歩で向かった。
ここも思い出の場所だ。
うーん。
なんでかさっきからかなり感傷的になってるなぁ。
私がそんなことを考えているうちに待ち合わせ場所である”星の酒場”に着いた。
中に入って見るがまだ二人はついていないようだ。
そのうち来るか。
私たちは二つのテーブルに分かれて座ると食事にした。
一花たちは魚よと叫んで魚料理を肉の方が上手いと叫ぶ一郎たちが肉料理を頼んでいた。
ちなみに私は魚料理だ。
マイルド国はすぐ近くに海がないので新鮮な魚には滅多にお目にかかれない。
ここで食べておかないと当分新鮮な魚料理には出会えないので堪能しなければ。
私たちはそれから無言で料理を味わった。
ちょうど全員が食事を終わった頃オッサンもといリョウ料理長と彼の部下が現れた。
「師匠遅くなりました。こっちは最近弟子にしたナガイです。こいつはマイルド国の言葉が話せるのでこいつを連れて行くことにしました。」
なるほどなかなか考えているじゃない。
ことば・・・言葉あっ。
一花たちや一郎たちって話せたっけか?
私はどうやら肝心かなめの事を忘れていたようだ。
しまった!




