35.王太子夫妻と晩餐会ー再会
夕方、下準備が終わった所に正装したヴォイが自ら一郎と次郎の礼服を持って現れた。
「師匠遅くなりました。」
そっと私の所に来ると耳打ちした。
私はすぐにその礼服を受け取ると一花と二花を呼んだ。
二人は頷くとそれを持つと一郎と次郎を連れて厨房からいなくなった。
「あら私が手伝おうと思っていたのに!」
ヴォイは残念そうに項垂れた。
いや、そりゃダメでしょ。
心の中で突っ込むと一つ気になっていることを聞いた。
「ヴォイ魔術師長。マイルド国っていまだに獣人に対して差別しているの?」
そうなのだ。
私がいた頃から伝統的にあの国には獣人を奴隷のように考える人間が大多数を占めていた。
きっと今もそれはかわらないだろう。
そう思って聞くと案の定ヴォイは肯定してきた。
やっぱりそうよね。
やはりあれを使おう。
私が決心した時礼服に身を包んだ一郎と次郎が一花たちと一緒に厨房に戻ってきた。
シーン!
あまりの華麗な姿に一瞬言葉が見つからなかった。
「すっごい素敵。似合ってるわ。」
ヴォイが狂喜していた。
見ると目に涙まで浮かべている。
うん彼が絶賛するのはわかるけど、こうも目立つのは逆にちょっと商売するには困る。
私は彼らに青いフレームのメガネを差し出した。
「「これは?」」
二人はメガネを受け取ってそれをマジマジと見ていた。
「それは魔法のメガネよ。」
「「「魔法のメガネ!」」」
一郎と次郎は驚愕して手に持っているメガネをすぐにかけた。
ヴォイは真剣に説明しろと私に迫ってきた。
「要はそのメガネをかけていると自分に悪意を持って近づいてくる人間がその存在を認識出来なくなるのよ。」
「それって相手から見て姿が消えるってこと?」
ヴォイが私の話を聞いて自分なりに考えたことを言葉にした。
「いえ姿が消えるんじゃなくて認識できないだけ。その隣に好意を持っている人間がいたらその人間にはメガネをかけていても見えるんだから消えているわけじゃないわ。」
何度説明しても納得でないヴォイに私は魔術局に詰めている魔術副師長のヘインを呼び出した。
顔を合わすと言い合いを始めた二人を無視して一郎と次郎にメガネを渡すように言った。
二人はしぶしぶ少し離れた所に移動するとメガネをかけてお互いを見た。
「「・・・!」」
なんでか最初二人は何も言わずに見つめ合っていた。
少し立つと二人はメガネをかけたり外したりして目を白黒させた後感想をしゃべり出した。
「すごいですねこれは。メガネをかけると急に目の前にするはずの存在が確かに認識できなくなるんです。」
「そうそうそれなのにオーラは見えるのよね。なんだか不気味だわ。」
「不気味ってなんですか。不謹慎な!」
「あらだって存在が認識できないなんて不気味でしょ。」
ヴォイの一言で言い合いが始まった所に公爵家の侍従が晩餐会に遅れるないようにとやって来た。
「あらもうそんな時間。」
ヴォイとヘインはメガネを一郎と次郎に返した。
「魔術局の方は頼むわ。」
上司の言葉にムッとした顔ながらも頷くとヘインは魔術局に帰って行った。
「全く愛想がないわね。」
ぶつくさ言いながらも右手に一郎左手に次郎を連れてヴォイは侍従に先導されながら舞踏会会場に向かった。
さあこれからが本番だ。
私は三人を見送った後腕まくりして厨房に戻ると会場に来た人たちに極上のデザートを出すべく次々に盛られたスポンジにデコレーションをして行った。
「終わりました。」
一花がデザートの盛り付けが終了したと言った途端厨房にデザートを運ぶ使用人が押し寄せてそのデザートを次々と会場に運んで行った。
見る間に作ったデザートが姿を消した。
全員がホッと息を吐き出した所に使用人が駈け込んで来た。
「足りなくなりそうなので追加をお願いします。」
「「「「追加!」」」」
思わず全員が叫んだが足りないのなら作るしかない。
私は冷蔵庫にある在庫を確認して一番早く出来るだろうアイスを余分に冷やしておいた器に盛りつけながら厨房にいた料理人にはプリンを焼かせた。
一花たちには前世でよく食べたホットケーキを焼いてもらい、それが出来上がるごとにフルーツできれいに盛り付けてテーブルに出す。
デザートは次々に使用人によりメイン会場に運ばれて行った。
当初予定の優に三倍作った所でやっと取りにくる使用人がいなくなった。
どうやら峠は越えたようだ。
私は一応追加でプリンとホッとケーキを用意するように言うと後を一花に任せて厨房を抜け出した。
エプロンを外すと晩餐会が開かれている会場に向かった。
近づくとザワザワとした声が聞こえてきた。
私はメイン扉からかなり離れた所にある使用人用のドアを解除魔法で開けると中に入った。
ここは晩餐会の頭上にあるシャンデリアや高窓を拭くために作られた使用人用の通路だ。
人一人がやっと通れるくらいの狭さだが会場の様子を人に知られずに見るのにこれ以上の場所はない。
私は板張りの床の上を無重力魔法を展開して音がしないように滑るように上がると、会場が良く見える場所で赤いメガネをかけた。
この赤いメガネは一郎と次郎に渡した青いメガネとは違い人のオーラを色で識別出来るメガネだ。
私はヴォイと違いオーラを肉眼で見ることが出来ない。
それでちょっと悔しくなってつい最近作ったメガネなのだ。
これをかけて人を見ればその人間のオーラが見える。
あの憎むべき二人のオーラも・・・。
私は深呼吸をして頭を前世働いていた頃の仕事モードに戻すと会場をゆっくり見下ろした。
すぐ目に入ったのは一郎と次郎だった。
二人は如才なくメガネの力を発揮して人込みを縫いながら商会を宣伝しているようだった。
そのすぐ隣では真面目なヴォイが周囲の人間を話術で翻弄していた。
困惑したようなオーラが彼の周囲いる人間からこぼれ出ていた。
ふとそのすぐ傍を見るとそこにはマイルド国の正装に身を包んだ二人がいた。
思わずギュッと手を握る。
手に爪が食い込んでその痛みで思考が元に戻るとじっと彼らを観察した。
二人は寄り添うように立って話しかけてくる貴族に応対していた。
概ね好意的な人が多いようで王太子妃であるミエは余裕で対応をしているようだ。
そのまま見てると二人の前に不機嫌そうな灰色のオーラを纏った貴族が近づいてきた。
ここでは声までは聞こえないが何か悪意のあることを王太子妃に向け話しているようだ。
オーラがどす黒い色を放っていた。
ところがその数分後、ミエのオーラが激しく輝くとそのどす黒いオーラを彼女のオーラが飲み込んだ。
途端、彼女のオーラの影響で男のオーラはピンク色に変化した。
なんでオーラが変わるの?
こんな話聞いたことがない。
私が唖然としているうちにミエの周囲にいた人間は彼女のオーラが輝く度にどんどんピンク色のオーラになっていった。
一体全体どうなっているの?
私はあまりのことにその場で固まった。




