31.王太子夫妻到着まで、あと3日。
昨日はいつも以上に混んでいて本当にてんてこ舞いだった。
お陰で全員がお客様が帰って閉店すると早々と就寝した。
私もあまりの疲れに何も考えられず後片付けだけ終わると早々とベッドに突っ伏した。
朝方いつもより遅い時間に目が覚めるとくしゃくしゃの洋服を脱いで浴室に向かった。
お風呂を沸かし湯船に浸かる。
今日こそはあの棚上げにしている王太子夫妻の件を片付けよう。
そう気合を入れるとお風呂を出て着替えまずは今日の仕込みをする為一階に降りた。
「「「「おはようございますご主人様。」」」」
一花たちも一郎たちもすでに起きていて仕込みを始めていた。
「早いわね。」
「まだ寝ていても大丈夫ですよ御主人様。」
三花が手でボールをかき混ぜながら疲れている私を気ずかってそう言ってくれた。
彼女の気持ちはありがたいが目が覚めた後いつまでも布団にいると逆にマイナスの事を考えてしまうので彼女には大丈夫だと言って笑いかけると仕込みを手伝い始めた。
しばらくすると日も高くなって来てスティーヴンスが店に現れた。
彼は今身重の奥さんがいてここから少し離れた所に二人で住んでいた。
もちろん奥さんは港街の宿屋で働いていたアルマだ。
最初は渋っていた彼女だが病気の母親が亡くなって気落ちしていた所に元気づけにきたスティーヴンスに何度も何度も口説かれ、結局出来ちゃった婚をした。
「おはようございます。」
スティーヴンスがドアを開けて中に入ってきた。
私は仕込みを中断して三花に任すとタオルで手を拭きながら一郎に声をかけテーブルに腰かけた。
さあ三人で話そうとした途端店の扉を乱暴に開けた兵士が中に飛び込んで来た。
「シロ様、スティーヴンス様、一郎殿。至急、王宮にお出でください。」
「「王宮?」」
「えっ僕もですか?」
一郎も兵士を振り向いた。
三人は首を傾げながらも呼びに来た兵士につれられて王宮に向かった。
王宮の入り口では侍従が待ち構えていてそのまま宰相室に連れて行かれた。
宰相室に入るとそこには彼の息子である金髪碧眼のヴォイに近衛騎士隊長であるレッドそれに執務机には超絶美形な宰相様が座っていた。
そうそうたるメンバーに一瞬躊躇したが侍従に案内され傍にあったソファーに私たちは座った。
「どうかしたんですか?」
三人を代表して私が口を開いた。
私の発言に立っていたヴォイが私たちの前のソファーに座るとテーブルの上に昨晩一郎が回収した瓶を置いた。
「これは?」
事情を知らないスティーヴンスが訝し気にその瓶を指した。
「これね。我が国には自生しない”ポイズンの花”を乾燥させたものだったの。」
ヴォイはスティーヴンスの質問を無視すると溜息と共に瓶の中身を説明した。
「「「ポイズン。」」」
「”ポイズンの花”を乾燥したものってそんな高価なものをなんで・・・。」
私が確認するように彼を見るとヴォイは何も反応を示さなかった。
「なんでそんなものをあの牛乳配達人が持っているんですか?」
一郎が納得出来なかったようで思わず呟いていた。
それはそうだ。
”ポイズンの花”はそれ自体ではなんの効能もないが”赤い花”と混ぜるとものすごい劇薬になるし反面”青い花”と混ぜれば死の間際にいるような人間でさえ生き返らせることが出来る”奇跡の薬”にもなるのだ。
そのせいかマイルド国からの輸出は厳しく制限され、当然金額もバカ高い。
安くても最低貴族の別荘が一軒軽く買えるくらいの金額にはなる。
その辺の庶民がそう簡単に手に出来るような代物ではないはずだ。
それなのにそれをあの牛乳配達人が持っていたとなると・・・。
彼にそれを渡した人物が別にいたことになる。
それもそれを簡単に手に入れることが出来るくらいの人物が・・・。
でもそんな大物が一体何のためにそんな高級なものを牛乳配達人に渡すの?
いやちょっと待って。
牛乳配達人は定期的に私が経営しているお店に牛乳を届けていた。
それもあのオッサンのことだ周囲に私を憎んでいると吹聴していそうだ。
そんな男にあの瓶を渡す理由なんて私に対する嫌がらせ?
いえ違う。
嫌がらせに命まで獲ろうとする訳がない。
じゃあほかになにがあるの・・・。
「そうか、マイルド国の王太子夫妻!」
「正解だ。」
執務机に座っている宰相様が手に顎を乗せながら良く出来たと微笑んでくれた。
「でもなんで?」
「理由はわかりませんがあの牛乳配達人の男を尋問したところ期日を指定されてあの瓶をお店の材料に混ぜるよう渡されたそうです。」
「期日?」
「ええ、王太子夫妻が到着した日に入れるように言われたそうです。」
レッドの説明でその人物が確実に王太子夫妻を狙っていることが分かったが”ポイズンの花”を振りかけただけでは毒殺は出来ない。
”赤い花”を混ぜなければならないのにそんなことどうやって?
「まさかその人物って晩餐会に出席できるほどの・・・。」
「大物の可能性がありますね。」
ヴォイが私の言葉の続きを言った。
「そこでだ今回晩餐会で出すデザートとケーキについてだが店ではなく王宮の厨房で作ってほしい。」
「「王宮の厨房ですか?」」
私とスティーヴンスは宰相様の言葉に思わず聞き返してしまった。
「そうだ。警備を考えるならそうせざるを得ない。」
宰相様は断言した。
確かに店で作ってそれを王宮に運べばその間に何かの毒を仕込まれる可能性が捨てきれない。
本当は設備が整っている店で作りたいけど・・・。
私とスティーヴンスはお互いの顔見た。
私は彼に頷いた。
「分かりました。でも店にある専用の道具が必要になるので当日までにそれらを運びこませて下さい。」
スティーヴンスがレッドの顔を見ると彼は執務机に置かれていた白い紙を手渡した。
彼は頷いてそれを貰うと筆記具と一緒に私に渡した。
私は思いつく限り最低限必要な器具をかき出すとそれを宰相様に渡した。
「こんなに必要なのか?」
一通り目を通すと驚きの顔でそう言った。
「これでも本当に必要最低限です。」
宰相様は新しい紙に何かを書きつけるとそこに判子を押してすぐにその紙を私に渡した。
私はそれを受け取って紙を見た。
そこには”搬入許可書”と書かれていた。
「それを出せば今その紙に書かれている器具を運び込むことができる。」
さすが宰相様素早い対応だ。
私はその紙を受け取るとソファーに座っていた二人を連れて3日後に必要な道具を王宮に持ってくるために執務室を後にした。




