28.王太子夫妻到着まで、あと5日-朝。
何だか今日は日差しが強くて暑くなりそうだ。
私は朝の仕込みを手伝いながら窓の外を見た。
ギラギラとした陽射しに思わず目を細めながらぼんやりとなんでかもうすぐストロング国に来訪予定であるマイルド国の王太子夫妻のことを思い浮かべてしまった。
当然ながら考えれば考えるほど憎しみで胸がドス黒く塗りつぶされていく。
周到に準備するのではなく思わず来訪したやつらに今の自分の魔法力を使って暗殺してしまえと心の片隅で囁く声が聞こえてくる。
「シロ様、シロ様、シロ様。どうかしましたか。」
いきなり手を止め動かなくなった私を見て三花が心配そうに話しかけて来た。
「えっあっ。今日の天気だと保冷材を多くした方がいいかなと考えていただけよ。」
私はなんとか天気の話でごまかした。
「そうですね。厨房にこれを持って行った時に言っておきます。」
「ええ、そうして。」
三花はそれ以上追及してこなかったので私たちは今日の天気とお客様に出すお菓子と料理の話をしながら人通りが見える窓際で仕込みを続けた。
二人で今日使う予定のスポンジを作っていると奥の厨房から一花が飛び出してきた。
「一花、どうしたの?」
蒼褪めた顔の一花を見て私は声をかけた。
一花は持っていた牛乳瓶を恐々と持ち上げた。
それは見事に割れていて中に入っていた牛乳は欠片も残っていなかった。
「それ一本だけ?」
私が悪い予感がしながらも一応一花に聞くと彼女は蒼褪めた顔で首を横に振った。
「まさか全部!」
私は唖然とし隣で三花が悲鳴をあげた。
「一体誰がそんな事をしたのよ!」
三花が私の隣で喚いているが今はそれどころじゃない。
今日出す予定の生菓子にしろ食事にしろ牛乳がなければどれも作れないものばかりだ。
私は二花を呼んでスポンジ作りを代わって貰うと財布を掴んで通りに走り出た。
後ろからは何も言わなかったが一花も一緒について来ていた。
私はゼイゼイ言いながら一花は息も乱さず街の外れにある市場に向かった。
市場に着くといつも配達を頼んでいる商人を捕まえて追加の牛乳を頼んだが今日はもうないと素気無く返された。
なんで今日に限って!
それでも諦めずに一花と手分けして他の露店や商人を手あたり次第に当たるが数十本を確保出来ただけで終わってしまった。
こんな量ではとても足りない。
どうしたらいいの。
まずいまずいまずい。
お客様に出す料理がぁー。
二人で蒼褪めていると聞きなれた声が後ろからかけられた。
「どうかしたんですか?」
そこにはいつも見慣れた騎士の恰好ではなく赤毛を無造作に後ろで束ね普段着を着て腰には剣だけをさした獣人が立っていた。
「レッド様。」
一花が慌てて後ろを振り向いた。
「なんでここに!」
私もビックリして素っ頓狂な声を上げてしまった。
レッドは私たちの様子に驚きながらも前方を指した。
彼が指差した方を見るとそこには銀色の髪をした美麗顔の王子がどこかのチャラ貴族の恰好をして露天の商人と何か熱心に話し込んでいた。
「なんでダン王子がここに!」
私は思わず声に出して叫んでいた。
レッドが慌てて駆け寄ると私の口を手で塞いだ。
あっ声に出てた。
私の声に気がついたダン王子がこちらを振り向いた。
彼は私を見て次に私の隣にいる一花に気がつくと大急ぎでこちらに走ってきた。
「六花、久しぶりー!」
声と共に一花に抱き付こうとしてきたので思わず壁魔法を発動してしまった。
ダン王子は私が発動した壁にベチッと顔を張り付けるとそのままズルズルと地面に頽れた。
レッドが慌てて駆け寄ったがダン王子は彼の差し出した手を無視すると鼻血を高価な服の袖で拭いながら起き上がった。
「なんでここに壁があるんだ。」
私は慌てて壁魔法を解除した。
「まあいい。ろっ・・・。」
「一花です。昨日はありがとうございました。」
ダン王子の声に重ねるよう言うと一花はにっこり笑いかけた。
ダン王子はゴホンと咳払いすると改めて私たちに話しかけた。
「どうかしたのかろっ・・・かじゃない、一花。」
なぜか私は完全に無視された。
一花は何を思ったのかウルウルした顔でこれまでの経過を彼らに説明した。
「なるほど。」
ダン王子は一花のウルウル顔に綺麗な顔を真っ赤に染めながら何かを熟考するとすぐに彼女について来るように言って市場の外れに向けて歩き出した。
レッドは歩き出したダン王子に当然ついて行った。
私は別に声をかけられたわけではないが三人の後に続いた。




