特効薬
パソコンの隅っこで眠ってたやつを発掘しました(本日二発目)
百合菜はいつものように、ぼうっと壁を眺めていた。
雪を塗り固めたような、白い壁。薬くさい真っ白な空間で、少女は一人ベットの上で、とりとめもない空想にふけっている。
ふいに蝶番の軋む音がして、ノックなしに扉が開く。白い部屋に溶け込む色の白衣を着て、担当医が入ってきた。
「百合菜さん、ご気分はいかがです?」
「……ええ。悪くないです」
百合菜が答えると、医者は
「それは良かった」
とおざなりに言いながら、てきぱきと注射器の用意をし始めた。
薬を打つためではない。血を抜くためだ。
「先生。まだ、良くなりませんか? 私の血」
百合菜が遠慮がちに訊ねると、医者は手を止め、後ろめたそうに微笑んだ。
「ええ。こうして定期的に血を抜かないと、体内に毒が溜まってしまうからね」
医者はあいまいに微笑んで、むき出した百合菜の細い腕に針を刺した。管を通った血がすうすうと噴き出して、注射器の胴に吹き溜まる。
医者は四本分の血を抜くと、
「代わりに生理食塩水、入れときますからね」
と告げて、中身の詰まった注射器の針を刺してきた。
大丈夫。最初にちくっと痛いだけ。二週間にいっぺんのこの儀式にも、もう慣れた。
医者は静かに針を抜くと、
「はい、終わり」
とささやいてほのかに微笑んだ。
医者が出て行ってしまうと、百合菜は黙って窓の外の空を見た。
生まれつき身体の弱い百合菜は、この白い病室以外の景色を知らない。
その日は、朝から雨が降っていた。
ぴたんぴたんという雨音が、耳に心地良い。百合菜がぽうっと外の景色を見ていると、ひそやかなノックの音が戸の向こうから響いてきた。
あれ?
お医者さんはノックをしないし、今日は血を抜く日でもないし。看護婦さんかな?
「どうぞ」
首をかしげて返事をすると、小さな男の子がおそるおそる顔を出した。百合菜を見ると、ぱあっと頬を赤く染め上げて駆け寄った。
「わあ、百合菜さんだ! 本物だ!」
はしゃぐ男の子の様子を、百合菜はいぶかしく思う。
何だろう、まるで私が有名人みたいだ。
男の子はぺこん、と頭を下げると、きらきらした目で百合菜を見つめた。
「初めまして、ぼくは光輝っていいます。ぼく、あなたのおかげで病気が治ったんです。本当にありがとうございます!」
百合菜は混乱した。
何だろう、訳が分からない。
首をひねる百合菜の様子に、光輝と名乗った少年も一緒になって首をひねった。
「あれ? 百合菜さんじゃないんですか? 『赤い薬』の持ち主の」
「赤い、薬?」
「あれ? 本当に人違いだったかな……」
戸惑ったように呟いて、少年は百合菜の腕に手を触れた。
赤く針の跡がついた、白い腕。少年は、『ああやっぱり』と言いたげな顔で微笑する。
「やっぱり百合菜さんだ。いつも血を採られているでしょう?」
百合菜がうなずくと、少年は、にかっと笑ってみせた。
「あなたの血は、万病に効く薬になるんです。知りませんでした? ぼくの病気も、それで治ったんですよ」
得意げに告げる少年は、いたずらっぽく舌を出した。
「本当は、ここには病院の関係者しか来ちゃいけないんです。お医者さんとか、看護婦さんとか。でもぼく、どうしてもあなたにお礼が言いたくて」
少年は呆然とする百合菜の手を握りしめ、弾けるように
「ありがとうっ!!」
とお礼を言った。
血を採られる日がやってきた。
医者はノックせずにドアを開け、今さらのように
「入りますよ」
と百合菜へ告げた。
「先生。私の血は、良い薬になるそうですね」
医者は注射器をいじる手を止めて、百合菜を見つめた。うろたえたように、詮索するように、目が泳ぐ。
「……誰か、来たのかい?」
百合菜は黙ってかぶりを振ると、医者の目を穏やかな眼差しで見つめた。
医者は居心地悪そうに身じろぎをして、開き直ったように呟いた。
「そうだよ。だましていてごめん。でも君は、どのみちここでなければ生きられないよ。君の身体は、外気には耐えられないほど弱いのだから」
百合菜は黙ってうなずいた。
分かっている。
私は、ここでしか生きられない。
医者が血を採り、食塩水を注入して帰って行くと、百合菜は窓の外を眺めた。ふうっと軽く息をつき、右の手首に目を落とす。手首の内側に、赤く『M-1』と刻まれている。
メディカル・ワン。
この病院で造られた実験体の証だと、光輝少年は教えてくれた。
彼は針の跡を見たのではない。赤く浮き出した刻印を確かめていたのだ。
百合菜は軽く息をついた。
私はここで生まれ、育ち、ここで干からびて死んでゆく。
四角い窓で切り取られた、白すぎる檻の中で。
百合菜は薄く微笑んだ。
流れぬ涙の代わりのように、冷えきった窓の向こうで、初雪がはらはらと舞い出した。
(了)
血の絡むお話が好きです。吸血鬼とか。ネタ思いついたら書きたいな~w




