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特効薬

掲載日:2015/06/10

パソコンの隅っこで眠ってたやつを発掘しました(本日二発目)

 百合菜ゆりなはいつものように、ぼうっと壁を眺めていた。

 雪を塗り固めたような、白い壁。薬くさい真っ白な空間で、少女は一人ベットの上で、とりとめもない空想にふけっている。

 ふいに蝶番ちょうつがいの軋む音がして、ノックなしに扉が開く。白い部屋に溶け込む色の白衣を着て、担当医が入ってきた。

「百合菜さん、ご気分はいかがです?」

「……ええ。悪くないです」

 百合菜が答えると、医者は

「それは良かった」

 とおざなりに言いながら、てきぱきと注射器の用意をし始めた。

 薬を打つためではない。血を抜くためだ。

「先生。まだ、良くなりませんか? 私の血」

 百合菜が遠慮がちに訊ねると、医者は手を止め、後ろめたそうに微笑んだ。

「ええ。こうして定期的に血を抜かないと、体内に毒が溜まってしまうからね」

 医者はあいまいに微笑んで、むき出した百合菜の細い腕に針を刺した。管を通った血がすうすうと噴き出して、注射器の胴に吹き溜まる。

 医者は四本分の血を抜くと、

「代わりに生理食塩水、入れときますからね」

 と告げて、中身の詰まった注射器の針を刺してきた。

 大丈夫。最初にちくっと痛いだけ。二週間にいっぺんのこの儀式にも、もう慣れた。

 医者は静かに針を抜くと、

「はい、終わり」

 とささやいてほのかに微笑んだ。

 医者が出て行ってしまうと、百合菜は黙って窓の外の空を見た。

 生まれつき身体の弱い百合菜は、この白い病室以外の景色を知らない。


 その日は、朝から雨が降っていた。

 ぴたんぴたんという雨音が、耳に心地良い。百合菜がぽうっと外の景色を見ていると、ひそやかなノックの音が戸の向こうから響いてきた。

 あれ?

 お医者さんはノックをしないし、今日は血を抜く日でもないし。看護婦さんかな?

「どうぞ」

 首をかしげて返事をすると、小さな男の子がおそるおそる顔を出した。百合菜を見ると、ぱあっと頬を赤く染め上げて駆け寄った。

「わあ、百合菜さんだ! 本物だ!」

 はしゃぐ男の子の様子を、百合菜はいぶかしく思う。

 何だろう、まるで私が有名人みたいだ。

 男の子はぺこん、と頭を下げると、きらきらした目で百合菜を見つめた。

「初めまして、ぼくは光輝こうきっていいます。ぼく、あなたのおかげで病気が治ったんです。本当にありがとうございます!」

 百合菜は混乱した。

 何だろう、訳が分からない。

 首をひねる百合菜の様子に、光輝と名乗った少年も一緒になって首をひねった。

「あれ? 百合菜さんじゃないんですか? 『赤い薬』の持ち主の」

「赤い、薬?」

「あれ? 本当に人違いだったかな……」

 戸惑ったように呟いて、少年は百合菜の腕に手を触れた。

 赤く針の跡がついた、白い腕。少年は、『ああやっぱり』と言いたげな顔で微笑する。

「やっぱり百合菜さんだ。いつも血を採られているでしょう?」

 百合菜がうなずくと、少年は、にかっと笑ってみせた。

「あなたの血は、万病に効く薬になるんです。知りませんでした? ぼくの病気も、それで治ったんですよ」

 得意げに告げる少年は、いたずらっぽく舌を出した。

「本当は、ここには病院の関係者しか来ちゃいけないんです。お医者さんとか、看護婦さんとか。でもぼく、どうしてもあなたにお礼が言いたくて」

 少年は呆然とする百合菜の手を握りしめ、弾けるように

「ありがとうっ!!」

 とお礼を言った。


 血を採られる日がやってきた。

 医者はノックせずにドアを開け、今さらのように

「入りますよ」

 と百合菜へ告げた。

「先生。私の血は、良い薬になるそうですね」

 医者は注射器をいじる手を止めて、百合菜を見つめた。うろたえたように、詮索するように、目が泳ぐ。

「……誰か、来たのかい?」

 百合菜は黙ってかぶりを振ると、医者の目を穏やかな眼差しで見つめた。

 医者は居心地悪そうに身じろぎをして、開き直ったように呟いた。

「そうだよ。だましていてごめん。でも君は、どのみちここでなければ生きられないよ。君の身体は、外気には耐えられないほど弱いのだから」

 百合菜は黙ってうなずいた。

 分かっている。

 私は、ここでしか生きられない。

 医者が血を採り、食塩水を注入して帰って行くと、百合菜は窓の外を眺めた。ふうっと軽く息をつき、右の手首に目を落とす。手首の内側に、赤く『M-1』と刻まれている。

 メディカル・ワン。

 この病院で造られた実験体の証だと、光輝少年は教えてくれた。

 彼は針の跡を見たのではない。赤く浮き出した刻印を確かめていたのだ。

 百合菜は軽く息をついた。

 私はここで生まれ、育ち、ここで干からびて死んでゆく。

 四角い窓で切り取られた、白すぎる檻の中で。

 百合菜は薄く微笑んだ。

 流れぬ涙の代わりのように、冷えきった窓の向こうで、初雪がはらはらと舞い出した。

                                                                                (了)


血の絡むお話が好きです。吸血鬼とか。ネタ思いついたら書きたいな~w

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