出発
「2006年、2006年です。止まります。」
大きな音を立てて、列車が停まった。
黒く艷やかで、どことなくメルヘンチックな雰囲気を漂わせている車体である。
列車の中には人がまばらに座っていて、居眠りをしている者、読書をしている者、外を見つめている者、様々であったが、その多くは暗い面持ちをした大人たちであった。
そんななか、美しい黒髪の赤いワンピースを着た少女がいた。
少女はただ、ぼんやりと空を見つめていた。
「すみません、ちょっと、相席、いいですかね」
少女のもとに、一人の男性がやってきた。
「はい…どうぞ。」
干からびたようにしわしわの褐色のコートを着ていたその男は、徐ろに少女の隣に座った。
「あなた、まだ若いというのに、こんなとこに…」
「…」
少女は応えない。
ここに来る者達は、皆『旅行』をするために乗車している。ただ、それはただの旅行ではない。
時間旅行。
タイムトラベル、といった方がわかりやすいであろうか。
この列車はただの列車ではない。時間というレールの上を走行しているのである。
ただ、自分の存在している時代よりも未来に行くことはできない。行くことが出来るのは過去のみである。車内にいる者達は、過去に後悔の念を持つ者ばかりだ。
「あなた、向こうについたら、何をするんです?」
「…別に、あなたには関係ありません」
「僕はね、恋人に会いに行くんだ」
少女は男性にまるで関心を持っていない様子だが、男は構わず続ける。
「彼女とは、高校生のときから、ずっと一緒でねぇ。彼女といた時間は、本当に、本当に、楽しかった。あぁ、思い出すだけでドキドキするよ。」
男性は少年のような笑みを浮かべた。
少し沈黙があったが、ようやく少女が口を開いた。
「その女性…亡くなったんですか?」
「あぁ…もう、10年も、前のことだけどね」
「…そうですか」