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【目覚め】一

その土地には力があった。その安定した力のために、最強と持て囃された一族は、その土地に移り住んだ。

しかし、神々や精霊から愛されたその土地は、今や素晴らしい景色を一転、見る影もないほど荒れ尽くしていた。

その中で、粗末な小屋がぽつんと、忘れ去られたかのように建っていた。



少女は低く小さい呻き声を上げて、目を覚ました。

気分は最悪だった。もう何度同じ夢を見ただろう。


追いかけているものに手が届かない。話しかけたいのに声が聞こえない。

追いかける相手も、相手の話も、見えないし聞こえないのに、それが誰なのか何を言っているのかわかってしまう。

それはいつも違う人で。一人だったり複数だったり。何度も出て来たり。

彼らは怨嗟の表情で少女を睨みつけ、少女を責め続ける。その表情も言葉も、いつ見ても変わることはない。


しばらく手のひらを顔に押し付け、目を瞑っていたが、やがてのどの渇きを思い出し顔をあげた。

枕元に置いてあった甕かめから水を掬い飲む。指の間から漏れた水が腕を伝っていく。

そのこぼれる水を目で追いながら自分の腕を見る。


細い腕だ。

少女の一族は、男性であっても細身の者が多かったが、少女はその中でも特に細い。同じ女性、同じ年頃の者と比べても、未発達に見える。

胸を見る。

真っ平らなそこは、成長の兆しがもう何年も見られない。

確かに、一族の女性はスレンダーな者が多かった。それでも、彼女らに女性特有の柔らかい凹凸はあった。対して少女の身体は細いだけで、女性らしい丸みは見いだせない。


そこで少女は周りを見回す。

木造の小屋の中には粗末なベッドと水の入った甕、質素なテーブルしかない簡素な部屋。それでも掃除は行き届いている部屋のように、塵芥の類は一切目につかない。


何も変わらない体。身の回り。

―――まるで、時間が止まったかのような。


少女は何度目になるかわからないため息をついた。



少女は一族の中では無力だった。

暁より生まれし三つ巴の種族。―――神々より古くある一族として、最強の一族として知る人ぞ知る種族。


その中で少女は誰にも相手にされず、必要とされない存在。

親子の情というものが希薄なその一族はしかし、子供の数が少ないからこそ子供の事は大事にしていた。種族愛といったものでまとまっていたため、一族皆で子供を育てるような種族であったのである。

だが、その一族は最強と謳われるだけあって、力が全て。

少女に両親はいたものの、力のない少女はいないものとされた。


少女より小さな子に、含みのある言葉を投げつけられたことがあった。

力が無いことを揶揄されたのだと悟った。最強の一族なのに、そう名乗るにふさわしくないのだ、と。

食べ物が当たらないことなど日常茶飯事であった。

少女はそれでも頑丈な体を持ち、また力溢れる土地にいたため、飢えることはなかった。だが腹は空くため、ひもじく惨めだった。


そんな生活を送っていた、——あの日。



『それ』は突然やってきた。

少女には何が起きたのかわからない。

最強を誇った一族の者達が死んでゆく様を、ただ見ているしかなかった。

皆に何が起きたのか?魔力保持量だって最高域、魔力の取り扱いも神々に劣らない。それに竜族に負けない頑強な躯。さらに不屈の精神。

両親も兄弟も、歳の離れた従兄弟も叔父も、その一人一人が神だと讃えられるほどだった。


そんな皆が、死んでゆく。

抵抗もできずに。それが運命かのように。

そして、独りになった。自分も死ぬはずだったのに。少女は皆に向かったものが自分にも向かってきたとき、これで漸く終わると思った。

終わって皆と同じになれる。


―――だが、死ななかった。


気が付いたら生き残ったのは自分だけとなっていた。


なぜ、生き残ったのかわからない。一族が滅びるのが抗えない運命ならば、自分も死ぬべきだったのではないか。


「力の有る者は死に絶え、力のない者が生き残った。」


その事実に打ちのめされる。

力のないものが一人生き残る理由など、少女にはわからない。


力がないからなのか?

無力な自分は、一緒に死ぬ事も許されないのか?


少女は嘆く。

なぜ連れて行ってくれなかったのか……。

その嘆きは、自分に力が無いことに対してなのか、一人置いていかれたことに対してなのか。

だが、


わかるのは、ただ。

少女がこれから孤独を味わうということだけ。



どれだけ月日経ったのか。少女の時間の感覚は曖昧になっている。

もはや里は見る影もない。その地は様々な祝福を受け、緑豊かで力に富んでいたのに。家や畑などは焼き尽くされたはずだが、それも今となってはところどころ残骸が残る更地。

茶色い大地が広がるだけで、緑は戻らない。

少女のいる小屋だけが残った。煤けてはいるものの建物として残っているその小屋は、更地のなかで違和感のみ与えた。


その小屋の中では時間が流れない。

いや、時間が流れないかのような錯覚があった。


少女は少女のまま、成長がとまった。

本来は、少女の一族ならもう少し成長して、大人の身体になってから一度成長がとまり、それからごくごく緩やかに老いていくのである。少女の年齢で成長が止まるのは早すぎる。


そして、小屋にはその状態を保つような魔法がかけられていた。

もともと、ここ一帯の建物には全てこういった、無生物対象の状態保全の魔法がかけられている。またその魔法により、その建物は建てた時の状態を保ち、常に清潔である。それは中にある家具にも同様の効果を及ぼす。

しかし少女がいた小屋以外の建物は、それなりの強度を保っているにも関わらず、全て壊れてしまった。


まるで、何かを閉じ込めておく檻のようだ。


少女は口の端をつりあげる。

その檻には、どうやら力を持たない子供がいるようだ。

一族の他の者が死に絶えたのに、死ぬ事すらゆるされない——。


何度、死のうと思ったことか。

そう、死のうとは思ったのだ。

だが、出来なかった。最強の一族としての矜持が、自分にもあったなんて。



そしてまた月日が流れていく。少女が一月と感じていた時間の流れは本当は一年であり、既に何年も経っていた。まるで小屋の中と外では時間の流れが違うようであった。


少女はため息をつく。

ここにいても、何も始まらない。何も変わらない時間がすぎていくのみ。


「無くなったものに縋っても、戻ってくるわけはないのに。」


数えきれないほど自嘲した。

わかってはいたのだ。虚しいだけだと。

そもそも、一族の者が、そして時間が戻ってきたとして自分を認めてくれるわけがないのだ。



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