キミのいた跡 その1
紺野先輩と共に取材に訪れたのは、二つ隣の駅「南川」にある通称「猫寺」。彼女たちが遭遇する謎とは…
午後一時。先輩との待ち合わせの時間だ。最寄りから二つ隣の駅前広場に到着し、辺りを見回す。駅の方から先輩が歩いてくるのが見え、私は手を振った。
「お疲れ様です。紺野先輩」
「お、お疲れ様。芽来ちゃん」
気さくで元気のいい紺野先輩は、私より一つ上の二年生で、新聞部に入部してからというものの、何かと声をかけてもらえ、面倒を見てもらっている。今回の取材も先輩に誘われたもので、お手伝いするという形で参加させてもらった。
「学校以外で会うのって、なんか新鮮だね!」
今日は土曜日。そして学外ということもあり、お互いに私服だ。しかし、取材ということで服装は、大人しめになっている。
「一応、ある程度は下調べしてきたんですけど、いつもの取材セットだけで大丈夫でしたか?」
取材セットとは、取材メモ帳、筆記用具、そしてメディア媒体。私はデジタルカメラを持参している。大がかりな準備物がないため、軽装で済んでいる。先輩も布地のトートバックだけだ。
「大丈夫。じゃあ、向かおっか!」
私たちが訪れたこの南川駅周辺は、歴史地区となっており、昔ながらの街並みが残っている。駅前商店街にはお土産売り場や和菓子屋が立ち並び、観光エリア独特の風情を醸し出している。中でも、この地区では猫に関係のある史実、そして伝説が残っていることで有名で、町ぐるみで猫を大切にし、それに関する催し物が毎年行われているようだ。少し市街地をそれれば、美しい街並みと、たくさんの猫を見受けることができるらしい。
今回、取材に向かう場所も猫で有名なお寺で、通称、猫寺と呼ばれているようだ。先輩は今回、周辺の観光スポットについての記事を書くためにこの場所を選んだ。
動物といえば、真田くんのことを思い出す。部活に入ってからは、放課後に顔を合わせ、近況を聞いたりもしている。彼はウサギを飼っているし、今度の話のネタにしようかな。そんなことも考えながら、あちらこちらの猫の看板を見つめつつ、歩を進める。
「ほらほら見て、芽来ちゃん! 猫饅頭だよ、猫饅頭! 食べようよ」
この辺では有名な和菓子の本店が見え、ディスプレイには南川地区名物、猫饅頭が並べられていた。猫が丸まったフォルムをした饅頭は、白と茶色の二種類があり、それぞれがこしあんとつぶあんになっているそうだ。甘いものには目がない先輩は、すぐさま軒先販売されている猫饅頭を購入し、歩きながら口にほうばった。芽来ちゃんにも、と白い方を一個おごっていただいた。
「餡がね、すごく美味しいの。だからついつい食べちゃうんだよね〜。こしあんの方はどう?」
「なめらかでちょうどいい甘さで美味しいです。先輩のつぶあんは?」
まだまだ食レポは下手だなぁ、なんて思ったが、先輩はどうだろう。
「そうねー。包みの方は弾力とふわふわが両立してて、餡は小豆の粒の肌触りはすごくしっかりしてるんだけど、小豆潰れると中はすごく柔らかくて、マイルドな甘さが広がるね。まるで、たくさんの小豆爆弾が口の中で爆発して、甘美に酔わせる感じっ! ちょっと調子に乗って表現しすぎたけど」
えへへ、と先輩は笑うが、なかなか美味しそうな伝え方で、さすが先輩だなと思った。私も、表現力を豊かにしていかないと。
「なんか、食べ歩きしてるとすごく観光気分になっちゃいますね」
「ま、このくらいいいでしょ!」
「そうですよね!」
商店街を抜けると、本格的な歴史街道に差し掛かった。道には石が敷き詰められ、柳の木が林立し、道路を挟んで黒漆喰の屋根でできた木製の家屋がしばらく続く。絵になる、とはまさにこのことを言うんだろうな。景色の調和が素晴らしい。
「確か、この先の石橋を渡ったところでしたよね、今回の取材場所」
「そうそう、ほら見えてきた。蓮水寺。通称、猫寺ね」
目の前には、黒塗りの門が鎮座していた。門をくぐると、一変し美しい緑が視界に広がった。大きな瓦屋根と青銅の灯篭が遠くに見え、庭には幾つかの大木と、苔むした水場があった。
「見て、芽来ちゃん。あそこ、あそこ!」
先輩の指す、指の先には何匹かの猫がくつろいでいた。ある猫は苔むした石の上であくびをし、またある猫は木で爪研ぎをしている。
「本当に猫がいっぱいいますね! 全部野良なんですかね?」
「そうみたい。ただ、ここに来る子のほとんどは人に慣れてるみたいよ」
何匹かの猫がこちらにゆっくりと近づきながら、大きく尻尾をゆるりゆるりと振っている。確かあの仕草は、見慣れないものに対して興味があったり、観察している仕草だ。もしかしたら、私たちがいい人間なのかどうか伺っているのかのしれない。
「とりあえず、まずはお寺の方へ挨拶に行きましょうか」
猫たちの視線を背に、私たちはお寺横の事務所に向かった。
その2に続きます。