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レインズ・ライフ  作者: Atsu
気分転換と入部届
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Side-Rain 気分転換と入部届 その1

部活に入って初めての記事を受け持つこととなった雨乃。しかし、ネタ探しに難航し、頭を抱える。気分転換に放課後の学校を巡ることになるのだが…

 珍しく放課後の教室掃除が早く終わり、いつもより早く部室へと向かう。少し暖かくなってきて、過ごしやすさを感じる。鬱々しい五月病もまぎれるほどの気候だ。

 部室のドアを開けると、室内から風が吹き抜け、私の髪を揺らした。窓が開いているようだ。風上へ目を向けると、ゆらめくベージュのカーテンと、窓枠に足を掛けるひとりの男子生徒の姿。

「黒川じゃん。今日は早いね」

新聞部員であり、クラスメイトの黒川零介が文庫本を開き、開けた窓の枠に足を掛けていた。私に気付き、視線を上げ、手を上げた。

「よう、雨乃。掃除、そっちも早く終わったのか?」

「今日は珍しくね」私はカバンを机の上に置き、席に座る。「ところで、黒川。”読書スランプ”は治ったの?」

黒川は教室でも知れ渡っている通り、活字を食い尽くす勢いの本の虫。しかし、今週になって急に、活字を読むこと、そして集中して読書を続けることが出来なくなったらしいのだ。本人はそれを”読書スランプ”と呼び、治そうと文庫本を開き続けている。しかし、すぐに集中力が切れ、柄にも無く消え入るような呻き声を上げ、悶え苦しんでいる。

「いや、治ってない。ホント読書好きの俺から読書を取ったら何が残るって言うんだよ…」

黒川が片手で頭を覆い、自身を哀れんだ。

「高校入って一ヶ月だし、そろそろストレスが溜まり始めたんじゃないの?」

新しい環境はジワジワと人を変えていくものだが、逆に変化に苦痛を覚え、知らず知らずのうちに蓄積させてしまうことも多い。わたしに関しては、今のところ、新しい友人も出来始め、それなりに充実しており、ストレスというものは無い。

「それは無いと思う。こうやって一番ストレスの少ない部活を選んだわけだし」

確かにそれは言える。

 私達の所属する新聞部は比較的規則が緩く、週一回の定例会議以外、来たければ部室に来るという形になっている。要は自由参加だ。よくある運動部のように、休むことが許されない雰囲気も無く、来れない者は仕方ないという部の方針なので、縛られているという感覚も無い。

「確かにね。じゃあ、何なんだろう。やっぱり単なるスランプなのかな?」

「そういうことなんだろうね。あーめんどくさい。ホント、早いこと治って欲しいんだけどなぁ…」

黒川は文庫本を置き、窓の外に目を向けた。外からはテニス部が声を上げサーブ練習をしているようだ。

「それなら、そんな長編読まないで、ショートショート辺りからリハビリしてみれば?あの、短いやつ」

かなりの分厚さの文庫本を持つ様子をみて、私が無難な解決方法を提案する。

「いや、それは本に失礼だって。読み終えずに放置するなんて、読書家として外道だよ、外道!」

黒川なりの読書のルールのようだ。声にはっきりとした意思を感じた。確かに、途中で本を一端置く、というのは先が気になるだろうし、後から読み返さなければならないというデメリットもあるからあまりよろしいとはいえないかもしれないなと思った。

 私は黒川のそばの、窓際近くの席に座ってノートパソコンを開きつつ、なおも話を続ける。

「そう…なんだ。それはそうとして、黒川って部室に居るときさ、いつも本しか読んでないよね。記事作りとかしないの?一度も作ってるところ見たこと無いんだけど」

部室にはよく顔を出すけれど、いつもこんな風に窓枠で足を掛けて読書している。他のことをやっている様子を、私は一度も見たことが無い。

「学校ではやらない主義なんだよ。学校でガリガリやってると、表立って頑張ってますアピールしてるように感じで嫌いなんだ。努力は人前でやっても努力とは言わないんじゃないか」

「じゃあ、今の私ってそんな風に見えてるの?」キーボードに両手を置いて、黒川を横目に見て言った。

「いや、雨乃はコツコツやってるからそんな風には見えないよ。どっちかと言うとキャリアウーマンみたいに、バリバリ仕事やっててかっこよく見えるかな」

「それはどうも。変には映ってないんだね」

かっこいいと言われたのは初めてだ。心で少し喜ぶ。

「毎日来てやってるみたいだからなぁ。ま、初めての記事だし、他の一年もみんな気合入ってるだろうけど」

一年生は、今回の六月号から記事を担当させてもらえることになっている。初めての記事ということもあり、私を含む一年生は一抹の不安と、そして豆粒ほどの自信を持って記事に取り掛かっている。

「そうね。パソコンの扱いもようやく慣れたころだし」

「そうみたいだな。さて、今日は活動教室を取ってないから、そろそろ先輩達も部室に来そうだし、部室もうるさくなりそうだな」黒川が文庫本を閉じて立ち上がり、部室の隅にある本棚に向かう。「あんまりうるさいと、ますます読書なんて出来ないだろうし、レイアウトの参考に雑誌でも読むとするわ」

 私達の部では寄付という形で、部員それぞれが読み終えた本や雑誌、さらには新聞を、図書館にあるような壁付けの大きな本棚へ置いていく。卒業した先輩のものなのだろうか、数十巻ある長編漫画なんかも置かれており、暇つぶしとしても活用している。黒川は雑誌を一冊取り、先ほどの定位置に戻ると、今度は両手で雑誌を持って黙読を始めた。それを見て、私もパソコン画面に戻る。

 五月も半ばに突入し、そろそろ記事の編集作業に入っていなければならない頃なのだが、これはぜひとも記事に、という良いネタが見つからず、無線ネットワーク環境の整っている学校、そして自宅の両方で、毎日ネットでネタ漁りをしているのが現状だ。

 黒川は今回はどんなネタをもってくるのだろうか…。先ほどまで小説を読んでいたときとは違って、雑誌に関しては、活字がどうのこうのと愚痴ることなく読みふけている黒川をチラッと見てみた。

 黒川は中学時代から新聞部だったということで、先輩方が実力拝見と、部活に入ってすぐに記事を受け持たされた。出来上がった五月号の黒川の記事を見ると、レイアウトの美しさが際立っており、新聞に自然になじんでいた。そして見出しの文字が簡潔に内容を表された言葉でかつ、見るものを捉える字体様式だった。経験者の違いに、私は感心した。

 一方で私はというと、早くに入部したとはいえ、今までほとんどパソコンを扱ったこことがなかったため、四月中は編集ツールの扱いに慣れるのが精一杯で、ようやく記事が書き始められるスタートラインに立った。黒川との差は明らかだ。

 今回、私が取り組むこととなっている記事は「記者ピックアップ」。このコーナーでは、身の回りで起こったちょっとした出来事を取り上げており、毎回記者が変わることになっている。前回の内容は、商店街にある学生御用達のステーキハウスが改装されたことだった。モノクロ写真付で、内装についてや店長の心意気などが書かれていた。

 学校に関連することでもいいらしく、これはニュースだと記者が思ったものなら何でもいいらしい。

何でもいいという条件は、ある意味一番難しく感じてしまうのは、経験の浅さからだろうか。とりあえず、新しい学校生活も始まり、部活動にも入ったので、どうせなら、他の部活のことについて面白い出来事でも無いだろうかということで、記事は部活をテーマにするところだけは決めた。

「うーん」

ペンの反対側でトントンと頭を小突く。ここの所ネタ探しが進まないこととともに、締め切りまでの期限が刻一刻と迫ってきており、理由は異なるが、黒川と同様に気付けば唸り声を上げている気がする。

 初めての記事だからこそ、最初の記事のできばえが今後を左右するのではないか。そんな変な固定概念がネタの生成を阻んでいる。何か、スイッチを切り替える方法は無いのだろうか…。

 ふと我に返ると、外からは運動部の掛け声が響き渡ってくる。そういえば、最近はずっと放課後は部室にこもりっぱなしだったっけ。たまには気分転換も必要なんじゃないだろうか。放課後の校内散策に行って、何かヒントを探すのもアリかもしれない。

 私はノートパソコンを閉じ、貴重品を携帯して立ち上がる。ちょうどその時、先輩方がぞろぞろと部室に入ってきた。挨拶を軽く交わし、私は部室を出た。

 斜陽が西向き窓から注ぐ三階廊下を、教室のある南棟へと歩みを進める。グラウンド側の開いた窓からは運動部の掛け声が聞こえ、教室のほうからは吹奏楽部が金管楽器の音階練習をしているマウスピースの音が聞こえた。しばらく歩いた後、廊下突き当たりの階段を一階へと下っていき、自分のクラスへとなんとなく向かった。

 教室へ向かうと、屋内の運動部で、まだ部室を使わせてもらえない男子生徒達の制服が、乱雑に脱ぎ捨てられて机の上に置かれており、窓から入る夕光のみに照らされていた。教室の窓の向こうには緑のネットが張られ、ネットの向こう側でノック練習をする野球部員が、いち、に、さん、し、ごと掛け声にあわせてスイングしているのが見えた。

 教室には誰も居ないのか、と思ったその瞬間、奥の座席の乱雑に積み上げられた制服の間に学生服を着た一人の男子生徒がぽつん、と佇むのを発見した。見覚えのある横顔に、私は近づいていく。

「真田君じゃん。どうしたの、こんな時間に?珍しいね」

そこにいたのは、クラスメイトの真田君だった。あまり高くない身長と、その白く、どこか女性的な顔は、私の周りの間でも、かわいらしいと話題になっている。紙に鉛筆をコツコツ叩き、何か熟考している様子だった。

「ああ、雨乃さん」真田君は振り向き、苦笑を浮かべる。「見ての通り、部活が決まらなくて」

真田君の机の上には、机の茶色に映える、真っ白な「部活動希望調査書」が広げられていた。名前欄を埋めたのみの状態で、第一希望、第二希望を書く欄は、消しゴムで消した跡すらない。

「真田君、まだ決まってなかったんだ。提出、来週の月曜までじゃなかった?もう金曜だよ。大丈夫…じゃないよね?」

 私達の学校では、一年生は必ずどこかの部活動に所属しなければならなくなっており、二年以降は、俗に言う帰宅部になることが出来るのだが、最初の一年は部活動への加入が強要されている。しかしながら、毎年、一年の中にも幽霊部員は存在しているらしく、最悪でも籍を置くことさえすればよい、という感じになっているらしい。

「うん…。少しは見たんだけど、どうにも部活の数が多くてね。ほら、同好会とか含めると相当数あるでしょ。それで悩んじゃって…」

「確かに。非公認とか合わせるといくつになるか分からないもんね」

マンモス校だけあって、部員が三桁を超える部活から、少数がひっそりとやっているような部活まで、多彩な部活が存在する。公認となっているもののみでも、管理職や、よほどの物知りでない限り、すべての部活を把握している人間は居ないだろう。

「それに、どうせ部活動をやるなら、幽霊にならずに三年間やりぬきたいしさ。でも、自分が根本的に何が好きで、何がしたいのかが分からなくてさ。好きなものと言っても、ウサギ位だし…」

真田君は家でウサギを飼っているらしく、休日にはよくウサギを連れて出かける姿が目撃されている。こんな情報はさておき、どう彼に声を掛けようかな。

「机上で悩んでても何も決まらないと思うし、手当たり次第見学に行って、少しでも選択肢が無いか探すべきだと私は思うけどな。自分に合った部活に入りたいんでしょ?」

「うん。でも、ひとりじゃなんだか億劫なんだよね。時期も時期だし、もう見学に回ってる生徒なんて僕ぐらい何じゃないかと思うと恥ずかしいというか…」

自信のなさそうな顔で真田君は私を見上げた。

「ほら、そんな事言ってても、解決しないよ?今、気分転換に校内を回ってるし、時間もあるから、一緒に見て回ろうよ。ちょうど私も部活探ししてるところだし」

真田君の気持ちも分からなくも無いが、時間はもう残されてないのだ。私は背中を押した。

「あれ、雨乃さんも部活探してるの?」

「ネタ探しにね。新聞部のお仕事」

ああなるほどと真田君は首を上下に振った。

「そうなんだ。ついでにってことね。わかった。雨乃さんが同行してくれるなら行くよ」

机の調査書を折りたたみ、真田君は立ち上がる。

「よし、決まりね。じゃ、回ってみましょ」

こうして私達は部探しをする運びとなった。私はネタを発見するため、真田君は部に所属するために。

Side-Rain 気分転換と入部届 その2に続きます。


その後、Side-Black に続きます。

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