安いコントじゃなくって?
わずか数秒のことだった。でも私の頭ではそれがスローモション再生されているようで、何十秒にも感じられた。
突然現れたソイツは、私の喉元を掴む男の顔面に何かを命中させた。当たりどころが悪かったらしく、男はよろめき尻餅をついた。先程まで主導権を握っていた男は、打って変わって無様な姿に。部下らしき男たちもボスの痴態を前に、困惑を隠しきれない、という雰囲気だ。
「何すんじゃボケぃ!!!!!」
余りの羞恥に堪えかねた男は憤慨。今に飛びかからんとばかりにクラウチングスタイルを構えたが、ふと地面の一点に目が止まる。そこには事態を招いた忌まわしき素因――
「さいふ?」
そう、それは紛れもない、サイフだった。
男は突如舞い込んできた産物に驚きやら動揺やらを隠せない。
「え、何?貰っちゃっていいの?」
仮にも強盗だろう。それでいいのか。もはやすっかり威厳を失った男を前に投げた本人は言い放つ。
「あぁ、いいよ。ただし、女神様は渡してもらおう」
その言葉に、漸く私は自分の置かれていた立場を思い出した。そうだ、私カツアゲされてたんだ。安いコントでも見ているような気分で、すっかり忘れていた。ゆっくりと立ち上がり、覚束無い足取りで出口に向かう。すれ違った男達が私を引き留めることは、無かった。
そしてあと少しで出口、という時。ヒーローさながら私を助けた出したソイツは、不意に私の右手首を掴んだ。何事かと顔を上げると、何故だか引きつった笑みを浮かべている。
「どうしっ」
質問を言い切ることは出来なかった。ソイツは私の手首を掴んだまま、一目散に駆け出した。
「待ちやがれ!!このクソ野郎!!」
男達の喚き声が追いかけてくる。本能的に危機を悟った私は、振り返ることもせず引かれるがままに駆けていった。
どれくらい走っただろうか。男達の声は既に、街の雑音に呑まれていた。
胸が五月蝿いくらい早鐘を打っている。運動不足が祟ったのだろうか。はたまたスリル満点の鬼ごっこのせいだろうか。それとも――?
私は黙って、漸く立ち止まった目の前のソイツが振り返るのを待った。
閲覧ありがとうございました。