喰らえ、鼻からビーム!
*
今日は厄日だろうか。路地裏の、冷たいコンクリートの壁に背を預け、私は下唇を噛んだ。
「おい、ねえちゃん聞こえてんのか。返事しろって」
私の耳の横に手をつき無理やり顔を覗き込んでくる男の、タバコ臭くて熱い息が直にかかり、吐き気さえこみ上げてくる。
「金出しゃ許してやるって」
少し肩がぶつかったくらいでこれだ。男の弱点でも蹴り上げて反撃を試みたいところだが、どう考えても不利なのは私。男の背後にはもう4、5人の男共がここぞとばかりに構えている。どうしたものだろうか。こんな面倒になるくらいなら適当に有り金手渡して帰りたいところなのだが、生憎手持ちは少ない。
黙ったまま俯いたり、顔を背けたり、なけなしの抵抗も虚しく。男は私の顎をひっつかみ無理やり正面を向かせた。
「よく見りゃいい女じゃねーか」
舐めるように、また品定めでもするように私を見つめるその眼差しに晒されて、ゾワリと鳥肌が立つ。気付くと私は首元をがっちり掴まれ、無理やり上を向かされていた。喉がグッと締め付けられて、私は身振りも構わず大口を開けて空気を求めた。
「たす……け…て」
呟いた言葉。誰にも届きはしない、空虚なSOS。誰に伝えたいんだろう。誰を求めているんだろう。元輝?違う。アイツじゃない。アイツはもういないんだ――そうだ、私にはもう呼ぶ名がないんだ。
「お前ら何やってんだ!!」
薄れゆく意識の中で不意に聞こえた声。私が見据えたその先には、全く予想だにしていなかった、だけどよく見知った男がいた。
*
「お前ら何やってんだ!!」
突然口を突いて出た言葉に1番驚いたのは誰かって?
――俺だ。
パチンコ屋の角を曲がると、路地奥の方に女神様が見えた。闇夜は女神様の輝きをかき消すどころかさらに引き立たせている。何あの金色のオーラ。反則だろ、あの自家製スポットライト。
ところがどうにも様子がおかしい。美しき女神様の表情は苦悶に歪んでいる。
目を細めてみてたら周りにムサい連中が湧いていて、そのうちの1人、ゴリラ面の奴が女神様の首根っこをがっしりと掴んでいた。それを見た途端、うっかり、気がついたら、反射的に叫んでたって訳だ……
「何だおまえはぁ!!」
「何者だぁ!!」
「坊やはお家で寝んねしな!!」
で、俺は今、少年漫画にありがちな三下共に、これまたありがちな安いセリフを浴びせられている。女神様はというと突然首を放され床に座り込み、潤んだ瞳を俺に向けている。
雑魚なモブキャラに美しきヒロイン、それぞれが役割をしゃんと果たし、今にも少年漫画の再現が出来そうだ。だが1つ、難点がある。主人公が雑魚なモブより雑魚である。
ここまで『何かしらのギャップ』なんぞを期待していた方には申し訳ないが、ここではっきりさせておこうと思う。俺の無い才能は今後も開花する予定は無い。無いものは無いのだ。“魔法使いうじゃうじゃの世界からのトリッパー”だとか、“将来の夢が死体な不老不死少年”だとか、そんなチート設定付いてない。従って、鼻からビームもでない。
はてさて、そんな周知(羞恥)のカミングアウトも終えたところで。どうしようか。これ。せめて表向きだけでも主人公っぽいこと言ってみる?なんかこう、「ただの通りすがりさ」とか「俺の女に手を出すな」とか…………いやいや無理だろ、だって俺人間だし。
「おいおいお前、無視するこたぁねぇだろ?」
ゴリラがそう言うと、他の1匹がさらに追い討ちをかけてくる。
「話しかけてきたのはそっちなんだからさぁ」
そうだ、話しかけたのは他でも無い、俺だ。三下の発言はなかなか筋が通っている。でも仕方無いだろ。思ったよりハードル高かったんだから。バンジージャンプやったことある人は分かってくれるよね?地上で散々ふんぞり返ってみたけど、いざジャンプ台から下見たとき気後れするアレ。アレと一緒だから!!
奴らはニタニタ笑いながら、ゆっくりと俺に歩みを寄せる。冷静に考えれば出口に近いのは俺なのだから、逃げるのは容易い。だが俺はそれでいいのか?今日、俺を死の淵から引き上げてくれたのは誰だ?それに、もうすぐで手が届くんだぜ?会いたくて仕方なかった女神様に。奴等を越えたその先にある、あの震える肩に触れたいんじゃないのか?
そうだ、考えろ…考えるんだ為男……何かある、奴らを撒く方法が。女神様をこの暗闇から救い出す手立てが。
奴らと俺との距離は既に2メートル切っていた。
諦めるな、考えろ……“土下座、土下座”。悪魔が何度も嫌らしく耳に囁き、俺はたまらず首を横に振った。土下座は最終手段だ。こいつを使うのはまだ。 まだ早い。
他に良い手札はないのか――?
考えるより先に身体が動いた。ジャケットのポケットから引っ張り出した“モノ”を思い切り、ゴリラに向かって投げつけた。
喰らえ、ゴリラ!!
閲覧ありがとうございました。
次話もよろしくお願い致します。