ひかれた
いよいよヒロインの登場です!!
1人でも楽しんで下さる読者様がいらっしゃれば、作者は大変喜びます。
「嘘…だろ……」
絶望の言葉が口をついて出る。全く信じられない。涎で湿った枕を無意識に撫でていた。それでも目は吸い寄せられたように時計を見つめる。
「じゅうさんじ…にじゅっプン」
いやいやいやいや、無理だって、間に合わないわ。俺今パジャマだよ、髪の毛盛男スタイルだよ。今時流行らないって。俺の美脚力を駆使してもバイト先まで15分半プラス1秒……無理じゃないか、オワッタ!!Good-bye、俺の給料。Bye-bye、樋口一葉様……いや、諦めたらだめだ。いける!!今こそ新記録を出すときじゃないか。
オトコを見せろ、俺!!
ただいまの時刻13時35分36秒。走ってます。走ってますよ、どうせ。最初から無理だったんだ、所詮俺はフリーターなんだから。これくらいのピンチごときで自分の限界超えられるなら、今フリーターなんてやってない。
というか、ん?あれ、目の前になんか赤い光……なんだ、あれ……みんなが俺をみて、る?なに、何が起こってい
「ぐえっ」
突然強い力に首根っこを掴まれて、俺は後ろ側に引き戻された。尻餅をついた俺の目と鼻の先でくるまが走っていて、強い風に打ちつけられる。そう、くるまが……クルマ……え、車?ええっ!!?
「バカじゃないの!!アンタ死にたいの!!?」
突如頭上から聞こえた声に我に返る。見上げると…………天使が俺を見下ろしていた。おいそこ、失笑するな。全てを吸い尽くすようなブルーがかった双眸と透き通るような白い肌。触れたくなるような、ふっくらとした艶のある紅い唇。そして風に靡く緑髪。こんな人間いるわけが無い。間違いないだろう、この方は天使だ。
しかしまぁ……えー、轢かれずに済んだ気したのにな。天使がいるってことは、完全にお迎えきたってことだ。俺死んだんじゃん。
「チキショー…」
何だよ、結局俺フリーターのまま人生の幕閉じるのかよ。何の夢も無く、何も成せず、ただ徒に20数年生きただけだったのかよ。死ななければいいや、なんて無駄に生きた年月を、過去にこんなに悔やんだことは無かった。これが死ぬってことなのかもしれない。ふっと目頭が熱くなって、数年ぶりの涙が頬を伝う。
そんな俺を見て小さく首を傾げていた天使は、やがて「あぁ」と頷くと、訳知り顔になっておっしゃった。
「アンタ、自殺志願者ね」
……え?いや、バリバリ違うけど。寧ろ何故そうなったし。あ、なるほど、
天使も冗談言うんだね。黙っていると、天使は小さく溜め息を吐いて、それから俺に氷柱のごとく冷酷な刃を突き刺してきた。
「馬鹿でしょ、完全に。自殺なら家でやってくんない?アンタのバラバラ死体とか誰もみたかないわよ」
っ……おい、冗談でも言い過ぎだろ。死んでまでこんなに蔑まれる義理はない。俺も流石に耐え難くて、遂には言い返してしまった。
「さっさと連れてけよ!!天使……さま」
流石に呼び捨てになんてできなかったけど。だって、こんな人外的な美しき女体。俺が呼ぶことすらおこがましい。まぁ、敬称の有無に関わらず、天使に反論してしまったことに変わりは無い。俺殺されるかな?あ、でももう死んでるか。
天使の逆鱗に触れるのを覚悟して、俺はコンクリートに視線を落とした、が。
「……はぁ!?どんな電波?頭でも打った?それともアンタの脳みそはお尻にでもついてるの?」
天使があげたのはゲンコツでも金属バットでも無く、素っ頓狂な声だった。
天使が狼狽しているのは明らかだ。惑う天使やばい、興奮する。
「アンタの目は飾り?」
怪訝そうに尋ねられ、辺りを見渡せば、町はいつもと何ら違わず、人々はせわしなく動いている。そして俺もまた、いつもと同じく五体満足だった。血液一滴流れてない。これはもしかして……
「やっぱ、俺、生きてる?」
天使は(冷ややかな眼で)俺を凝視している。天使が、俺だけを見つめているんだ。
「アンタが赤信号なのに飛び出そうとしたから止めてやったの」
止めてくれた?……天使が人助けなんかするものな…………あ、分かった。彼女は天使なんかではなかったんだ。
このお方は……
「女神様」
「違うわ!!もういい、アンタめんどくさい。親からもらった命、大事にしなよ」
そう言って女神様は俺に背を向けて、雑踏の中に消えていった。
……どうしよう。
俺、女神に恋しちゃったよ。
轢かれなかった。
でも惹かれた。
閲覧ありがとうございました。
ベタですいません……。好きなんですよ、王道。
次話もよろしくお願い致します。