勇者はすれ違った。
入った。ぱん、と小気味の良い音が響く。
「あっ…、すご…!」
琉生は上気した頬を赤く染めている。しかしそれだけでは足りないというように手元にある布を握りしめた。たまに浅い吐息がこぼれる。
思い切り声を出したかったが、それは許されなかった。
ここが、厳粛な訓練場な為。
「うわぁぁ、私もやりたいぃ…」
「えー…」
模擬戦闘訓練をしている騎士達を見て興奮しきっている琉生の隣で、服を掴まれているフェインが抗議の声と共にため息をついた。
それに気づいた琉生が、まったく理解できないという顔をする。
「フェインはこういうの嫌い?」
「嫌いになったわ。今」
「……じゃあ今つまんないよね?」
「眠いわね。どっちかと言うと」
琉生は自分がたてた仮説を思い出した。フェインが起きてきたのは琉生が朝食を食べたあとだ。
朝食を食べ終わり、神殿内の見学を正式に許されたので嬉々として部屋を出ると何故か彼が待ち構えていた。
かなり眠そうに。
まっすぐに訓練場にやってきた自分にフェインは何も言わなかった。だから特に好きでも嫌いでも無いのかと思ったが、本人曰く好きではなくなったとか。
というか好きではなくなったってどういうことだろうか。それほど自分の夢中っぷりが見苦しかったのか。
確かに自分の姿を客観的に想像したらドン引けた。同時に、妹が薄い本(薄くないのにそう呼んでいた)を読んでいるときの情景が頭に浮かんできてげっそりした。
「帰ろうか…」
「え? いいの?」
フェインとしては、琉生の急な申し出はとてもありがたかった。
先ほどからちらちらと視線を感じている。考えなくても分かる。男達の視線だ。自分だけに向かうのならまだいつもどおり(これも異常な事態だが)と言えるが、今は琉生に向かって嫉妬の視線も向いている。
自分からしてみればあっちが嫉妬の対象なのに。
今までで一番可愛い顔を向けた先がこんな所って、酷すぎではないだろうか。
「そろそろ時間だしね」
見学場所にここを選んだのは、いつでも時計が見れるからでもあった。時間の数え方が同じで良かった。
立ち上がろうとしたら、先に立ち上がったフェインが腰に手を回してきた。腕を引っ張り立ち上がらせる。
そこまでなら自分も怒らなかったのに、そのまま背中にしがみついてきたので容赦なく引きはがした。
肘鉄をかまさなかったのは男達の目が怖かったからだ。
嫉妬の目ならまだ我慢できたが、責めるような目は我慢できない。「私悪くないでしょ!?」と叫びたくなる。
一度引きはがせばフェインはあっさり隣へ移動して、そのまま二人並んで歩いて行く。
「あっごめんなさい」
角を曲がる途中、人とぶつかりそうになった。ぶつかる前にお互いよけられたが一応謝罪の言葉を口にする。
相手も軽く会釈して通り過ぎていった。
「何か白い人だったな…」
「そうよね。あんな白い服着て落ち着けるのかしら」
「ね。でもそれだけじゃなくて、髪が」
謝ったあと思わず彼の背中を二度見してしまったくらいだ。白髪である頭から靴まで彼は真っ白だった。それでいて神官服というわけでもなかった。
護衛騎士の一人だろうか、と首を捻るがそれも違う気がする。
なんというか、人ではない気がした。
(まぁ、異世界なんだし人外の一人や二人くらいいたっておかしくないか…)
楽観的な琉生はそう結論づけて歩みを再開させた。隣のフェインは特に服以外興味を持たなかった。彼の正体が大体分かっていたため。
「広間行く方が大切だよね」
「そう? 行かなくてもいいんじゃないかしら」
「いやいやいやいや…。私まだ全然状況理解してないし」
「そっか…。順応早いからもう大体分かってるもんかと」
そんなことはまったくない。
琉生には分からないこと、知りたいことがたくさんあった。
じっとフェインを見つめる。視線に気づいたフェインが琉生を見て視線を合わせるが、琉生は何でも無い、と首を振った。
琉生が一番気になるのは、フェインのこと。
(結局フェインって、心が女性の魔女ってことでいいのか…?)
昨日絡んできた男達はそのようなことを言っていた。自分のそばにいない時のフェインを見れば納得できるのだが、自分に触れるフェインを見ているととても納得できない。
だが本人に聞くにはデリケート過ぎる問題だった。未だ、何も聞けていない。
だから、少しでも魔女のことを聞ければ良いと思った。もちろん魔王のことも。
そして二人は王や聖女が待つという召還の間にやってきたのだった。
※入った → 拳が良い具合に決まった、という事です。