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女勇者の悲劇  作者: U1
7/10

魔女は困った

時は少しさかのぼる。


琉生が風呂に向かっている間、フェインは琉生の部屋ではなく、自分にあてがわれた部屋にいた。彼女の部屋で待ちたかったが、しっかり釘を刺されてしまったので大人しく従うことにしたのだ。


先ほどまで座っていた長いすに、ごろり横になった。見た目はひたすら優雅な彼だが、行動もそうかと言われたら別にそうでもない。


(眠くなってきたな…)


だが眠るには早すぎる。かといって昼寝出来るほどの時間もない。身体を洗おうか。

琉生のもそうなのだが、彼の部屋は他より上等なのでシャワールームくらいは付いている。あるのなら湯船に浸かりたいと琉生は案内の者についていったが、フェインは別にどうでも良かった。


良い考えだと身体を起こそうとしたときだった。


「…誰?」


確信を持って扉に声をかける。しばらくすると、ゆっくりと扉が開いた。誰の手も触れていなかったのに。


入ってきたのは自分の予想していた通りの人間だった。入ってきた女性はフェインのだらしのない格好に顔を顰めたが彼がそれを気にするはずもない。

しばらく女性はとがめるように彼を睨んでいたが、彼女も彼が動じないことは重々承知していた。


やがて、ため息をついて視線を外すと彼が寝転ぶ向かいの長いすに座った。


ふう、と軽く息を吐いてフェインを見つめる。彼女はすがすがしいほどまっすぐに問うた。


「あなた、一体どういうつもりなの?」

「どうもこうもないけど」

「…本気で言ってるの?」


フェインは眼を閉じて、腹の上で手を組んだ。義弟の態度と、そして何よりその言葉に義姉の眉が寄る。

反応までが予想通りな義姉にフェインは心の内で呟いた。


(いつもこうだな)


それは言葉に出さずに、普段言われている言葉を返す。


「魔女は、いつでも自由気ままに行動するんでしょう」

「そうよ。だけど、魔女は“女”。同性愛者でも無いわ」

「…居たかもしれないわよ?」

「居なかったわ」


沈黙が落ちる。

自分より何倍も魔女に詳しい義姉に断言されては、フェインはぐうの音も出なかった。仕方なくため息を吐いて身を起こす。


自分の手を掲げた。そこにあるのは義姉のそれや琉生のそれとはまったく違う、骨張った男の手。


「私、男なのにね」

「……身体は男でも、心は女」

「はいはい」


引き取られてからずっと言われている言葉だ。とうに聞き飽きている。男らしく頭を掻くフェインに、義姉は引き取った経緯を思い出して問うた。


「貴方だって了承したんでしょう?」


彼は、自分でした約束は違えられない。いつでも何を考えているのか分からない義弟だが、そこだけは嫌に誠実なのだ。良い意味でも悪い意味でも自分に正直に生きている。


だからあっさりと彼は言い放った。


「どうでも良かったからね」

「……過去形ね」

「そう」


暗に今は違うと言いながら、フェインは立ち上がる。義姉からはフェインの顔は見えない。

そのまま彼は、男の声で伝えた。


「……でもどうしようか迷ってる。」


困惑したような声に、義姉は寄せていた眉をはねあげた。それから、やや苦い笑みがこぼれてしまった。

まさか、彼の自我が芽生える日がやってこようとは。


それは魔女を研究し探求する自分は願っていない。だが義姉としてなら、嬉しかった。


しかし、彼女にも役目という物がある。だからこそ許可は与えなかった。

彼が気づく前に苦笑を消して、まじめな顔を作って言う。


「貴方がどうするのかは知らないけど、魔女は勇者の手伝いをしなくちゃいけないわ。勇者の呪いを解いてあげるのも、貴方の役目よ」

「……」

「まぁとにかく魔王を倒さなくちゃいけないんだけどね」


そう言いながら、魔王について軽く考察した。


勇者がやってきたら、必ずかけられる魔王の呪い。

その内容を決める魔王本人は、一体どういうつもりなのだろうか。勇者は大分呪いに堪えていたし、もし自分だったら苦痛だと思う。しかしあんなもの、魔王の呪いとしてはかなり軽いのだ。


少なくても、本気で勇者を憎んでいる者がする物だとは到底思えなかった。


「魔王のことは、私が調べておくから」


今回の“儀式”は、色々おかしい。興味とは別に、自分の仕事としても調べる必要があった。


義弟からの返事はなかったが、彼も頭ではちゃんと分かっているのだろう。仕方ない子。

しかし出会ってから十数年、初めての反抗期がやってきたということで、まあ良しとしよう。


魔女の義姉で元魔女ある黒髪の女性は最後に苦笑をこぼしてから、この部屋から出て行った。




(解いてあげたいけど、解きたくない)


自分以外誰もいなくなった部屋で、フェインはため息をつく。そして、一言も発することなくシャワールームへと足を向けたのだった。

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