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女勇者の悲劇  作者: U1
6/10

勇者は感動した

琉生は何処にでもいる、一般の日本人である。


父親は平社員で母親はパート。妹も自分もバイトはしておらず、お互い道は違えど部活一筋であった。

だから貧乏か裕福かと問われたら、貧乏ではないという程度である。


そんな琉生が、風呂と言われて頭に思い浮かべるのは家にある狭い一人用のそれだ。

他には、たまに行っていた銭湯だ。あそこの露天風呂は最高だった。


雨や雪が降ってても、頭にかかる冷気と体に触れる温水が絶妙なバランスで成りたち、また月を眺めながら浸かる湯も格別だ。



案内された湯殿を、琉生はジャージ姿のまま見渡していた。


ここは屋内だ。窓もない。

しかし、琉生は香る檜の匂いに感涙しそうになった。


「長年の夢が叶うとは…!」


先代の勇者が頼んだという風呂は、辺り一面木で出来た檜風呂だった。

元々檜風呂はこの世界には無かったらしく、先代勇者の指揮の元生まれたのがこの風呂なのだという。


風呂くらいで神殿改装しちゃうってどんな勇者だよ、と聞いた時は思ったが今は違う。


(あんなお風呂じゃリラックス出来ないもんね…)


琉生は先に見せてもらった風呂を思い出して苦笑した。


中世の欧州風といえばいいのか、ライオンらしき生物の口からお湯が出るような風呂ではちょっと落ち着かない。


家族との旅行などであれば何の問題も無かったのだろう。ただ、今はとっても、とっっっっても疲れている。慣れない西風の風呂よりも、多少広さは劣るがこの風呂の方がよっぽど嬉しい。


嬉々として脱衣所に戻ると、ここまで案内してくれた見習いの神官が立っていた。凡庸だが人の良さそうな若い男性で、西風が嫌だとだだをこねる琉生にも嫌な顔をせずにここまで連れてきてくれた。

今も、檜風呂に感動している琉生をにこにこして見ている。


「お気に召されましたか?」

「もちろん! 一人で使うのがもったいないくらいですよ」

「え? 手伝いは必要ありませんか?」

「………」


琉生は一瞬遠い目をした。だが彼は悪くない。悪いのは呪われている自分でもなく呪った魔王だ。



若い神官は着替えを琉生に渡すと、一礼して脱衣所から出て行った。


手伝いとやらは、出来るかぎりの笑みを作って丁重にお断りさせてもらった。

そもそも風呂の世話など恐れ多いどころか鬱陶しい。例え同性の女性をよこされてもそれは変わらない。


そして衣服の洗濯も申し出られ、断った。いつ返されるか分からなかったのと、単純に下着を異性に渡すのに抵抗があったからだ。今自分で洗って、………。


(洗って、どうしよう)


乾かすことなど出来ないし、そのままにしておく訳にもいかない。しばしば思考していた琉生だが、やがて諦めたようにため息をついた。


「フェインに、聞いてみるかぁ…」


不本意だ。非常に不本意であるのだが、あいにく頼る相手がその人しか居ない。

初対面の異性に自分の洗濯物の話をしなくてはいけない日がくるなんて、夢にも思わなかった。


(何か、これからホント大変だなぁ…)


下着をジャージで包んでから、置いてあった籠に入れた。

重いため息をついて扉を開けた琉生だが、中に入ってしまえばそのテンションは上がるだけだった。





「いいから。ホントいいから。有り難う気持ちだけ受け取っておきマス」


琉生は背中で扉を押さえながら単調な声で扉の向こう側に居る相手に伝えた。


「恥ずかしがること無いのよ。だって未来の夫婦なんだから!」


がたがたと扉を開けようと奮闘しているのは、この国の王女であるはずの少女である。


檜風呂を堪能していたら、脱衣所にあるはずのない人の気配がした。まさかと思って扉を押さえたら、予想通りの人物の声が響いたのだ。

「背中流してあげるわ!」

「いえ結構です」

思わず即答した自分は何も悪くないはずだ。


そして、未だに扉越しの戦いは続いている。もちろん琉生は全裸だ。このままでは湯冷めしそうである。琉生は遠い目になって深く思った。


(この国大丈夫か…)


妙にヘタレだった王といい、暴走列車なこの王女といい。そしていつになったら諦めるのか。このまま風邪にでもなったらどうする。

琉生の腕力の方が格段に上なため開けられることはない。それは分かっている王女はひたすら琉生を説得せんと声を張り上げているが、ひたすら逆効果だった。


(恥ずかしがって無いし、未来の夫婦でもないし、ましてや欲情なんてするかって…)


王女のことは可愛いと思ったが、それはあくまで一般論であり間違っても欲情の対象になどはなり得ない。というか欲情するのはもしかしなくてもそっちだろうが。



不意に琉生は、ぞわりと肩をふるわせた。寒くなってきた。湯冷めしてきたのだ。


勇者、召還されたその日に風邪を引く。


(い……いやだぁぁぁあああ! 恥ずい! ていうか恥だ!)


自分のした想像にぞっとなっていると、不意に扉の向こうが静かになっている。それに気づいて首をかしげると、第三者の声が湯殿に響いた。


「殿方と一緒に湯浴みをするなんて、それでも貴方は王女なのですか!」


聖女、アリアだった。

天の助け!と喜んだのもつかの間、琉生は先ほどとあまり変わっていない状況だと言うことに気づいた。

扉が開けられる気配はないが、このままでは自分は外に出られない。


勇者、風呂でのぼせる。


(い…いやだ…)


とりあえず湯冷めした身体を温めることにした。なにやら言い争っている二人の少女を放置して。

なんだかんだいって琉生もマイペースである。




「……貴女に、頼みがあるの」

「はい?」

「ここじゃなんだわね。貴女の部屋に行きたいわ。案内して」

「…分かりました」



そして、立ち去る音が聞こえた。実際人の気配はもうない。

王女はやけにあっさりと退いていった。それにはもう、嫌な予感しかしない。


(……もう、知らん)


琉生はこれからのことを考えるのを止めた。そんなことは後ですればいいのだ。

今するのは、精一杯檜風呂を楽しむこと。


そう考えたらやっと落ち着けた。


さわり心地の良い木にほほを乗せ、うっとりと眼を閉じる。

琉生ルキにも入らせてやりたかったな、と琉生ルイは小さく呟いた。

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