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女勇者の悲劇  作者: U1
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勇者は祈った

 床に突っ伏しているフェインを琉生が冷たい目で見下ろしていると、扉がコンコンと軽くならされた。


「はい?」

「勇者殿、少し話がしたいんだがいいか?」


 若い男の声だった。琉生は首をかしげたがすぐに了承の意を伝える。静かに入ってきたのは、やたら大柄な赤い髪の男だった。

 その男には見覚えがあった。確か、先ほど聖女のそばに控えていた人物だ。

 男は床にうつぶせに寝ているフェインを目に入れ、それが誰だか気づくと慌てて駆け寄った。


「魔女殿…!? どうした!」

「…頭痛が…」


 フェインはまだダメージがあるのか起き上がろうとしない。頭頂部を抑えているフェインをおろおろと心配げに見ていると思ったら、ぐいんと首を回して琉生をにらみつけた。


「勇者…! 魔女殿に何かしたのか?」

「何って…」


 こんな状況でバカ正直に「肘うちしました」なんて言えるわけがない。言いよどむ琉生に何を思ったのか、男の顔はどんどん歪んでいく。


「何をしたんだ…!」

「…ルーヴェル殿、私は何もされてないわ」


 起き上がって琉生につかみかからんとする男を止めたのはフェインだった。片手で頭を押さえているが、起き上がれる位には回復したらしい。


「はしゃいでいたら、ぶつけてしまったの」

「ま、魔女殿が…!?」

「ええ。勇者殿と話している内に浮かれてしまったんでしょうね」


 ふふふ、とおかしそうに笑うフェインに男は溜飲を下げた。魔女殿が浮かれるなんて想像も出来ないが、彼が自らそう言うのなら納得しよう。

 ルーヴェルは勇者に小さく頭を下げた。


「悪かった。誤解だったんだな」

「い、いえ。分かってもらえれば…」


(いや、私の所為なんだけどね…)


 それにしても、いい人だ。倒れているフェインを単純に心配して、何かをしたらしい自分に怒り、誤解だと分かれば素直に頭を下げてくれた。

 琉生がルーヴェルに好印象を抱いたのにめざとく気づいたフェインは、何気なく琉生の隣に座り直した。


「ルーヴェル殿。何かお話があるのでしょう? お座りになったら?」

「ああ。そうさせて貰おう」


 素直な気質のルーヴェルは、フェインが指した向かいの長いすへと何の疑問も浮かべずに座った。


「それで、話というのは」

「ああ。……無礼を承知で単刀直入に言う」


 琉生は身体を強ばらせた。嫌な予感しかしない。


「聖女アリアはお前の旅には同行させられない」

「……最初から説明してくれませんか」


 男は嫌な顔をせずに頷いた。



 聖女の護衛騎士、ルーヴェルは語る。

 何でも、勇者の旅には聖女がついて行くのが恒例らしい。聖女は治癒魔法と神聖魔法を得意とし、魔族を相手にする勇者には必要不可欠な存在なのだ。

 ルーヴェルはそれを強く感じていて、それが聖女の使命だとすら言った。しかし、彼は言う。聖女を勇者について行かせる訳にはいかない。


「正直に言うと、お前と一緒に行かせるのが凄い不安なんだ」

「…まあ、でしょうね」

「怒らないのか?」

「………あなた方にとって、私は男なんですよね」

「ああ」


 頷いた彼をじっと観察した。聖女を語る彼からは深い親愛を感じた。


(もし、私がこの人だったら)


 彼にとって守ってきた聖女というのは妹のような存在なんじゃないかと思う。だったら、自分にも分かる。もしあいつが自分は女とか言い張る変な男(自分で言ってかなりダメージを受けた)と旅なんかすることになったら絶対反対する。


「なら、しょうがないです。……分かりました。聖女さんとは一緒に行かないで他の誰かに頼みますね」


 ほっとしたような顔をした男に思わず苦笑が漏れた。


(過保護過ぎじゃないかな。……まあ、兄姉ってそんなもんか)


 自分だって妹のことは不安でしょうがない。今、向こうで何をしているんだろう。ただ、自分の場合は誰かに何かされるのではなく、誰かに何かしていないかが心配なのだが。


(あ、不安。超不安。…でもまあ人に迷惑はかけてないはず…)


 なにやら考え出した勇者をじっと見て、ルーヴェルはふっと笑った。


「なら、前言撤回だ。アリアを連れて行ってくれ」

「…え?」

「…試したって訳かしら?」


 琉生の横に座っているフェインが小さくため息をついた。言い当てられたルーヴェルは申し訳なさそうな顔をする。


「すまんな。先ほども言ったが心配だったんだ」

「今は違うんですか?」

「お前は誠実な人間のようだ。おかしな所もあるが、それを差し引いても信頼できそうだ」

「いや、あの…」


 琉生は聖女を連れて行けないと言われて、内心実は喜んだ。王女よりはマシだが、聖女は聖女でなんだアブナイ人だと感じていた。


(来なくていいんだけど…)


 最も強い力を持つのが聖女というだけで、この神殿に仕えている者は全員治癒魔法が使える。聖女以外の人間を連れて行けば良いと思っていた。出来れば男。


「…じゃあ、聖女に手を出すって言うのか?」

「まさか!」


 脊髄反射でこたえてから、やってしまったと思った。心配性の騎士は安心したような笑みを浮かべる。


「じゃあ、問題無い。アリアと俺はあんたの旅について行く」

「貴方もいくの?」


 フェインは酷く面白くなさそうに聞いたが、それに対してルーヴェルの顔は嬉しそうだった。


「ああ。魔女殿もついていくんだろう?」

「ええ」

「四人旅となるわけだな」

「そうね。…その内に二人になると思うけれどね」


 後半にぼそりと呟いた言葉は二人の耳には入らなかった。


(四人旅…ね…)


 自分とフェインとルーヴェルと聖女さん。よくよく考えてみればバランスの良い、理想的なパーティじゃないか。勇者が主人公のゲームだとこういうパーティが基本である。自分とルーヴェルが前衛で残り二人が後衛。聖女さんに戦闘力を期待してはいけないかもしれないが、それでも十分おつりが来る。

 あとは人間関係だが、それもこの四人ならいけそうだ。聖女は基本的に理性的な人間だし、例え暴走したとしてもこの男が止めてくれそうだ。二人に男扱いされるのは辛いが、そこはフェインに助けて貰おう。そのフェインはどうやら、人目があるとあまりセクハラしてこないようなので、二人きりにさえならなければ大丈夫そうだ。


「分かりました。四人で魔王を倒しに行きましょう!」

「ああ!」

「…ええ」


 あと心配なのは王女の行動だが、王が止めてくれることを祈ろう。

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