表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女勇者の悲劇  作者: U1
3/10

勇者は棚に上げた

 背後から現れたその手は、琉生の胸を掴んだだけでは気が済まなかったの今度はその胸を揉みはじめた。

 そこで琉生ははっと我に返った。そして、姿も見せない不届き者を抑えそうになる自分の手をあえて下ろした。お願いだ。分かってくれ。

 やがて、手は離される。相手と向き合おうと体をねじるが、その前に胸にあった手は琉生の腹に回された。ぐっと組んだ手をはずそうと思ったが、外れない。

 首をかしげるのは心の中だけにとどめて、琉生はできる限り後ろに顔を向けた。そして、すぐにばっと前を向いた。手の主の顔がすぐ近くにあり、それがとんでもなく美しい顔だったため。


「ほどよい大きさね。感触も柔らかくて、私好み」

「え、えええ?」


 鈴が転がるような声で告げられたのはなにやら不穏な内容だった。しかし、その声が女性の物であったため琉生はほっと息をついた。顔は見たが、中性的だったので判断がつかなかったのだ。良かった。もしかしたら男かと…。

 今も腹の前でされる拘束は解けない。気の強そうな、しかし繊細な顔立ちに反して女性の力は強かった。

 琉生が力を抜いたのに気をよくしたのか、魔女は笑みを含んだ声でささやいた。


「大丈夫。後遺症なんか無いわ。貴女は、女性よ」


 静かで優しい声だった。その言葉が体に染み渡るように自分を満たし、琉生は思わず自分の視界がゆるむのを感じた。


 トリップ万歳なんてふざけてみたものの、不安は不安だった。けれども、どの人も優しそうでうまくやっていけると心の底から思った。でも。

 まったく信じてもらえなかった。それどころかこちらの記憶が間違っていると断言したのだ。恐ろしくて、自らした決意を砕いた。ここは、嫌だ。


 けれどもこの女性は違った。分かってくれた。

 歓喜や、安堵その他様々な感情の勢いのまま、琉生は体をねじって女性に抱きついた。魔女は少し驚いたようだが、淡くほほえみ一度手を離してから今度は背に手を回した。どくさくさに腰を撫でる手つきにとある欲が混じっていることなど全く気づかず、琉生は魔女の肩口にほおずりまでした。魔女の手がぴくりと動揺したように動いたが、やはりただほおずり返した。心底嬉しそうに。


「これだけ密着してると、当たるわね。柔らかいのが」

「ちょ、そういう言い方止めようよ。セクハラだよ」

「あ、ごめんなさい。こういうの、自制出来なくって」


 確かに当たっているだろうけど、女性の率直すぎる言葉に琉生は慌てた。同性だが、そんなに何度も言われるとこっちだって意識してしまう。ていうかしてしまった。けれども、自分にまったく当たっていない女性の胸に首をかしげそうになり、慌てて自分を戒めた。


 (貧乳はステータス!)


 どこかで聞いた言葉を心中で叫んでから、自分たちの今の状況をやっと鑑みた。


 今いるのは琉生の私室でも人通りのない路地裏でもなく、神殿という公共の場である。そんな中で抱き合っている自分たちは、とてつもなく目立っていることだろう。

 琉生ははた、と自分の評価を思い出した。血の気が引いていく。魔女から強引に離れようとして、だがやはり拘束は解けなかった。離してもらおうと声をかけるために視線を合わせた。もちろん、同じ轍は踏まないよう状態をちょっと上半身を反らせて。

 目がばっちりあう。女性のかんばせはやはりとても美しかった。


 淡い月光ような薄い金の髪に、アメジストの瞳。それを縁取るまつげは長くて女性的だ。だが全体的に見やるとどうも性別が曖昧になってしまう。美しいのは変わりないが。


「離してくれないかな」

「どうして?」

「どっ……、いや、目立ってるし…。」

「それは元々でしょ? 向きを変えれば話もしやすいわ。」


そう言うやいなや、腕の中でくるりと琉生は回転した。再度腹に腕が回される。


 回転した先では、色んな人がこちらを見ていた。その中で一番近くにいるのが聖女で、その顔色は林檎を超えて何か別な物になっている。琉生はちょっと心配になり、そして心配できるほど余裕が持てるようになった自分に安堵した。それと同時に、ふと思い出した

 男と勘違いしてそれを盲目なまでに信じ込んでいようが、彼女は自分を心配してそして回復を促そうとしてくれた。そのことに対しての礼を言っていなかった。


「大丈夫? さっきはありがとう。えっと…」

「ふ、ふしだらよ!」

「えええええ!?」


 魔女が腹に回していた腕をなにげに上げて琉生の柔らかな下乳を堪能している。だが、琉生は全く意識できずただ聖女の隣に立っていた王女の言葉にうろたえた。


(ふしだらって初めて聞いた…)


 びっくりしすぎて驚きの声しかあげられなかったが、琉生はここではどうやら男認識されている。しかも、みんなのあこがれの人物である勇者として。

 そんな人物が初対面のはずの美女と抱き合っていたり抱きしめられていれば、そんな風にののしられても仕方ないことなのかも知れない。


「私の未来の夫であるのに、何故魔女なんか…!」


 あ、魔女さんなんだ。と、背後の存在に意識を傾けると、腹に回されたはずの腕がかなりきわどい位置にあるのに気づいた。これもまるでセクハラ親父のような彼女のスキンシップなのだろうか。琉生は黙認することにした。

 何も言わない琉生に何を思ったのか、王女は矛先を魔女に変えた。びしりと突きつけられた細くかわいらしい指を、魔女は無感動に見る。だがすぐに琉生の後頭部や髪からのぞく横顔に視線を移した。


「魔女! 勇者様から離れなさい!」

「どうして?」


 琉生が心配そうに眉をひそめた。琉生の肩越しにそれを確認しながら、王女とは目も合わせずに短く問う。


「どっ!?」

「魔女様。勇者様は疲れておいでです。休ませてあげては?」


 真っ赤な顔をひきずりつつ、冷静な声でそう言ったのは聖女だった。

 魔女は顔をしかめたが、その言葉には同感だったのか一度ぎゅっと強く抱きしめてからゆるゆると手を離した。

 解放された琉生はちょっと迷ったが魔女の隣に移動した。それに気づいた魔女が嬉しそうに破顔し、そしてそこかしこから男のうめき声が聞こえた。琉生が不思議そうに見回すも、真っ赤な顔で前屈みになる男達からは何も分からなかった。魔女から突き刺すような殺気が一瞬だけ流れ出たのも。


「勇者殿、この神殿の一室で休むがいい」

「私が案内するわ」

「な、」

「だって私の隣の部屋でしょ?」


 抗議の声をあげた王女をに対して、何でも無いことのように女性は笑った。琉生は少なからず驚いた。男と認識されている自分が、彼女の隣の部屋?

 あまりそういうのは気にしないんだろうか。いや、先ほどまでさんざん言われていたのだからそれは無いだろう。うーん、と頭を捻っていると手を引かれた。てくてくと歩き出した魔女に慌ててついていく。手をつなぐ意味…。先ほどと同じようにスキンシップと結論づけた。


(そういえば中学校のときこんな感じだったな…)


 なんだか懐かしくて、笑ってしまった。その様子に首をかしげた魔女が一度立ち止まり、琉生も一緒に立ち止まった。それを好機とばかりに王が口を開く。


「勇者殿」

「はい?」

「先ほどの言葉は忘れてくれ。…いくらなんでも、男色家の元に娘はやれん」

「お父様っ!」

「私は…諦めませんわ」

「私だって諦めないわ!」

「いや、諦めてくれ。あんな魔女殿は初めて見た。逆鱗に触れたくない」

「お父様のヘタレ! そっちが本音ね!」

「諦めないですよ、勇者様…!」


 え、もう一度と言おうとした言葉はすぐにかき消されてしまった。それだけでなく、腕を引かれて半ば引っ張られるように琉生と魔女は神殿の大広間を退出した。

 廊下を歩く。手をつなぎながら。琉生はつながれた手を見て、その意味が自分が考えていた物とは違う物だとわかり、気づけば声をかけていた。


「男色家ってどういうこと?」

「あっちから見たら貴女は男に見えるらしいから。しょうがないわ」

「そうじゃなくてさ!」


魔女は軽く苦笑した。その笑みが、男のモノにか見えなくて琉生はどきりとした。


「男なの、私。―――確認する?」


魔女は悪戯を思いついたように口の端を持ち上げて、自分の服に手をかけた。


「い、いいいいいいい、いい!」


本当に脱ぎだしてしまいそうな魔女に琉生は慌てた。

 ぶんぶんと首と手を振る琉生の頭には露出狂の三文字がでかでかと浮かんでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ