第5話:【襲来】呪いの使者
かつて私が愛し、そして私を火にかけた王都の街並み。
空から見下ろすその景色は、わずか一週間で無惨なほどに色褪せていた。活気にあふれていた市場は閑散とし、街を流れる水路はどす黒い沈殿物に覆われ、鼻を突く腐敗臭を放っている。
「……あら。あんなに私を邪魔者扱いしていたのに、いなくなったらこの様かしら」
私は魔王アスタロトから授かった漆黒のローブを翻し、中央広場の時計塔の頂に降り立った。ここは、私が処刑されかけたあの忌まわしい広場が最もよく見える場所だ。
広場には、今も大勢の民衆が集まっていた。けれど、以前のような私を罵る声はない。聞こえてくるのは、「水が出ない」「子供が熱を出した」「聖女様はどこだ」という、必死な、そして身勝手な嘆きばかり。
「……聖女様、ですって? ここにいるじゃない、あなたの愛するエルナ様が」
広場の中央、エドワード王子に伴われて現れた義妹エルナは、引きつった笑みを浮かべながら必死に祈りを捧げていた。だが、彼女の手から放たれる光は弱々しく、水路の汚れをわずかに散らすことすらできない。
「どうしたの、エルナ。私の手柄を盗むのはあんなに得意だったのに、いざ自分でやるとなると何もできないのね」
私は指先で、深い闇を凝縮した一輪の「黒い薔薇」を形作った。
これを投げ込めば、王国の崩壊はさらに加速する。アスタロトが言った通り、これはただの「復讐」ではない。彼らが犯した罪の、当然の対価だ。
「さあ、プレゼントよ。受け取って?」
私が薔薇を解き放った瞬間、それは漆黒の矢となって真っ直ぐに王宮の噴水へと突き刺さった。
ドクン、と大地が脈打つような振動が走り、次の瞬間――噴水から噴き上がったのは、水ではなく、どろりとした真っ赤な『血』の雨だった。
「ひっ、ひいいいいい! 血だ! 血が溢れてる!」
「呪いだ……魔女の呪いだ!」
広場は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと化した。
腰を抜かして震え上がるエルナと、剣を抜いたまま呆然と立ち尽くすエドワード。その醜い顔を見下ろしながら、私は時計塔の上で優雅に高笑いした。
「そうよ、怖がりなさい。絶望しなさい。……私の痛み、たったこれだけで終わると思わないことね」
逃げ惑う人々の波を、私は冷たい瞳で見下ろし続けた。
ここからが、私の本当の「仕事」の始まりなのだから。




