第3話:【逃走】灰に消えた処刑台
前話では魔王アスタロトとの衝撃的な出会いをお読みいただきありがとうございました。
燃え盛る火刑台、絶望する義妹、怒り狂う王子。
そのすべてを置き去りにして、リアナは新たな場所へと足を踏み入れます。
聖女リアナとしての「死」と、魔女としての「生」。
その境界線となるエピソード、どうぞお楽しみください。
爆風が収まり、視界を覆っていた土煙がゆっくりと晴れていく。
先ほどまで罵声と怒号に包まれていた広場は、今や静まり返っていた。いや、正確には「静まり返らざるを得なかった」のだ。
「……消えた……? おい、あの女はどこへ行った!」
エドワード王子の震える声が響く。
彼が指差した先――私がいたはずの火刑台の上には、もう誰もいなかった。
残されているのは、真っ黒に焦げ付いた石畳と、まるで巨大な獣に噛み砕かれたように無残に折れ曲がった鉄の鎖だけだ。
「お、お姉様……? そんな、どこへ……」
義妹のエルナが、煤で汚れた顔で辺りを見回す。
彼女の足元には、私がかつて大切にしていた、癒やしの力を増幅させる『聖女の首飾り』が転がっていた。それは私を陥れるために彼女が盗み出し、そして「魔女の証拠だ」と言って投げ捨てたものだ。
だが、その首飾りからは、すでに何の輝きも感じられなくなっていた。
「……呪いだ。これは、あの女がかけた呪いに違いない!」
誰かが叫んだ。その一言が引き金となり、広場は再びパニックに陥る。
魔女を処刑して平和を取り戻すはずだった祝祭は、正体不明の恐怖に支配された逃走劇へと変わった。
一方、私は――。
肺に流れ込む空気の冷たさに、ゆっくりと目を開けた。
そこは、王都の喧騒とは無縁の、深い静寂に包まれた森の中だった。
空を覆う巨大な樹木からは、怪しく光る燐光を放つ苔が垂れ下がり、霧が地面を這うように流れている。
「……目が覚めたか、我が魔女よ」
すぐそばから聞こえた声に、体が微かに震える。
傍らには、処刑台から私を連れ去った男――アスタロトが立っていた。
月明かりを透かすような漆黒の髪と、深い森の闇をも飲み込むような真紅の瞳。
彼はただ、自らの領域に迷い込んだ獲物を眺めるような、冷徹な美しさを湛えていた。
「ここは……どこ?」
「人間どもが『魔女の森』と呼ぶ、禁忌の地だ。私の城まであと少しだが、歩けるか?」
そう言って彼が差し出したのは、白く細い、けれど力強い手。
私はその手を見つめ、少しだけ躊躇した。この手を取れば、もう二度と「聖女」だった頃の自分には戻れない。
けれど、迷いは一瞬だった。
私は彼の掌に、自分の煤けた手を重ねた。
「ええ……歩けるわ。私には、まだやらなきゃいけないことが、山ほどあるもの」
アスタロトは満足げに目を細めると、私の手を引き、霧の奥へと歩き出した。
「いい目だ。その瞳の中の炎が消えぬ限り、私はお前に力を貸そう」
たどり着いたのは、断崖絶壁にそびえ立つ、黒い石造りの古城。
城の重厚な門が開く。その音は、王国への終わりの鐘のように私の耳に響いた。
「ようこそ、我が魔女。ここが、お前の新しい戦場だ」
私は城の奥に広がる闇を見つめ、深く、深く、息を吐いた。
今日、聖女リアナは死んだ。
明日、この地から生まれるのは、王国を絶望の淵へと突き落とす、復讐の魔女だ。
最後までお読みいただきありがとうございます!
処刑台から忽然と姿を消したリアナ。
残された王子たちに待ち受けるのは、守護者を失った「報い」の始まりです。
次回、第4話「【凋落】枯れ始めた王国の恩恵」。
「聖女がいなくなっても困らない」と豪語していた彼らが、最初に直面する絶望とは……。
ここからさらに物語のテンポを上げていきます!
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