第2話:【深淵】地獄の門番との契約
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処刑の炎を塗り替えた漆黒の闇。
絶体絶命のリアナの前に現れたのは、人ならざる圧倒的な存在でした。
聖女であることを辞めた彼女が、最初に交わす「契約」とは――。
ここから物語が大きく動き出します。
黒い炎が爆ぜる音が、静まり返った広場に響き渡る。
私が解き放った漆黒の劫火は、火刑台の薪を焼き尽くすだけでは飽き足らず、まるで意志を持つ飢えた獣のように周囲へと広がっていった。
「ひっ、ひいいいっ! 来ないで、来ないでぇ!」
視線の先では、義妹のエルナが泥の上に腰を抜かし、無様に後ずさっていた。かつて彼女が私から奪い取った「聖女の光」を必死に掲げているが、その程度の輝きはこの禍々しい闇の前では、吹き消される寸前の蝋燭の火にも等しい。
助けを求めて縋り付こうとしたエドワード王子のマントも、彼女の震える手から無情に滑り落ちる。
「殺せ! その魔女を今すぐ殺せ! 騎士団は何をしている!」
エドワードの裂帛の叫びに、ようやく我に返った重装騎士たちが剣を抜き、一斉に私へと飛びかかってくる。だが、彼らの白銀の刃が私の肌に触れることはなかった。
私の意思に呼応するように黒炎が立ち昇り、漆黒の壁となって彼らを弾き飛ばしたのだ。
(ああ……もっとだ。もっと、あいつらを絶望させる力が欲しい)
内側から溢れ出すどす黒い衝動に、視界が真っ赤に染まっていく。
あまりに急激な魔力の膨張に、私の意識が遠のきかけたその時――脳裏に直接、地の底から響くような重厚な声が届いた。
『……素晴らしい。聖女の殻を自らぶち破り、これほど純度の高い絶望を差し出すか。久しく忘れていた、極上の供物だ』
目の前の空間が、まるで薄氷が割れるようにパキリと音を立てて歪んだ。
そこから染み出してきたのは、夜の闇よりもなお深い漆黒を纏った男。
長く波打つ夜色の髪、額から突き出した禍々しい角、そして全てを見透かすような真紅の瞳。
人間ではない。御伽話の守護者でもない。これは、この世の理の外側に君臨する『深淵の王』だ。
「貴様が……私の声に応えたの?」
『お前の絶望が、あまりに甘美だったゆえにな。娘よ、問おう。お前は何を望む。その細い腕で、この腐った世界を壊したいか?』
男がゆっくりと私に歩み寄り、冷たい指先で私の頬をなぞる。
そこにあるのは、魂まで凍りつかせるような死の予感と、それ以上に抗いがたい魅惑。
「望むわ。この国を、私を裏切った奴らを、一人残らず地獄に叩き落とせるのなら……」
『ならば契約だ。お前の魂と引き換えに、深淵の力を貸し与えよう。お前は今日この瞬間から、ただの人間であることを辞め、我が愛しき魔女となるのだ』
私は迷わなかった。あの日、愛を信じてこの国に尽くそうと決めた私の心は、すでに一度死んでいる。残ったのは、燃えカスのようなこの命だけだ。
「いいわ。私の魂なんて、あの日あの男に捨てられた時から、もうどこにもないもの。……持っていきなさい」
私がその手を取った瞬間、広場の中心から爆発的な衝撃波が放たれた。
エドワード王子やエルナの驚愕の表情が、スローモーションのように遠ざかっていく。
『契約は成った。往こう、我が魔女よ。お前の復讐の舞台を、整えてやろう』
深淵の王――アスタロトの逞しい腕に抱かれ、私の意識は暗転した。
次に目を覚ます時、この国には真の災厄が訪れる。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついに魔王アスタロトと契約を交わしてしまったリアナ。
魂と引き換えに手に入れた力で、彼女はまず何を奪うのか。
次回、第3話「【逃走】灰に消えた処刑台」。
王子たちの目の前で、前代未聞の事態が巻き起こります。
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