希望の灯火
蝋燭が仕舞っている場所は玄関ホールに置いてある棚の中らしい。今、幸が居る位置は応接室なので部屋を出て、左回りに行けばすぐに着く。
途中常闇姉の気配を感じつつも、何事もなく玄関ホールに着く事が出来た。
「あった」
棚の引き出しを漁っているとまだ一度も手を付けられていない十本入っている蝋燭の箱を見つける。全部使うのは忍びないが仕方がない。心の中で謝罪と感謝を述べながら中身を取り出す。
移動しようと引き出しを閉め、顔を上げると棚の横に男性物の傘がある事に気が付く。今持っている箒の棒は地面を壊す際にヒビが入ってしまい、いつ壊れてもおかしくない状態だった。
傘の方が丈夫だろうと考え、箒の棒と交換する。拳や蹴りで戦えたのなら良かったが、生まれてこのかた得物や魔法陣での戦闘しかしてこなかったので慣れていない。
しかし、生死を決める戦いで手など抜いてられない───使える物は全部使う。
「よし、行くか」
幸はなるべく足音を立てないように蝋燭を一階に呑み、均等に配置していく。
「広い屋敷だと十本もあっという間だな」
少し心許ないが全て配置し終えたので、情報共有の為に一度酒呑童子と合流しなければならなかったが一階に姿はなかった。恐らく幸が一階に降りたのと入れ違いで二階に移動したのかもしれない。
子供幽霊から貰った蝋燭もすでに半分を切っていたので急いで二階に上がり、耳を研ぎ澄ますと微かな振動と足音が聞こえてくる。
二階に居るのは確かな様だ。しかし、どこに居るかハッキリとは分からない為、気配を頼りに移動していく。
すると、背後から足音が近づいて来ている事に気付き、すぐ近くの部屋に身を隠す。足音を立てている時点で酒呑童子なのは確定だが恐らく逃げているのだろう。扉の隙間から確認していると予想通り、酒呑童子が息を切らしながら背後を確認しつつ走って来た。
「酒呑童子、」
「幸……っ!」
向かって来る酒呑童子を呼び止め、部屋に引っ張り込む。すると、焦った酒呑童子は幸の腕を掴みながら外に飛び出そうとする。
「お前……っ!こんな逃げ場のない部屋で」
「静かに」
強く握り返すと諦めたのか腰を下ろし息を潜める。扉の向こうから常闇弟の気配が接近しているのを感じ、息を落ち着かせながら通り過ぎるのを待つ。
お互い顔を見合わせ、いなくなった事を確認すると説明を求められるがその前に一つ、幸には確認したい事があった。
「中里達は……」
「安心しろ、外には逃した」
その後は知らないと言い捨てる酒呑童子だが、常闇弟の相手をずっとしていたという事は無事なのだろう。
「それよりお前、その肩……」
穴の空いた肩に気が付いたのか酒呑童子はひどく驚いていた。しかし、今はそれどころではない。蝋燭の残りが五センチを切ってしまった。
「お前、常闇弟と戦って気が付いた事はないか」
「気が付いた事……攻撃が当たらない」
「違う、お前が炎を出すと相手はどうなってた」
酒呑童子は腕を組み、戦っていた様子を思い浮かべると「そういえば」と何かを思い出した様子だった。
「アイツ、必ず一回は俺がいない場所に攻撃してた……」
やはり、姉同様弟も明かりが弱点なのだ。だが、酒呑童子が扱う【火円舞追奔】は基本、投げ技で常に自身の近くにあるわけではない。だから気付けなかったのだろう───いや、気付ける余裕がなかったと言った方が良いだろう。
「アイツらの弱点は明かりだ」
明かりが見えない事を説明するが酒呑童子は腑に落ちない様子だった。今ここに止まっている時点で誰も来ない事が何よりの証拠なのだが、それでも何か思い当たる事があるのか納得する事はなかった。
「何かあるのかよ」
「アイツ弱点が明かり……つまり蝋燭の火でも良いなら何故俺の炎が避けられるんだ。お前も知ってるが【火円舞追奔】は相手の妖力に反応して追い続ける。それをアイツは違和感なく簡単に避けるんだぞ」
───確かにそうだ
明かりが見えないのなら炎を纏っているチャクラムを避けるなんて不可能なはず。それを酒呑童子に悟られる事なく自然な動きで避け続けていた。
矛盾が生じてしまう。もしかすると明かりが弱点なのは姉だけで弟は関係無いのだろうか。しかし、蝋燭を持ち始めてから幸は一度も常闇姉弟に会っていないのも確かだ。
「酒呑童子の炎……」
───焦りが生じる中で一つの考えが頭をよぎる
「……視覚が乏しい分、他の感覚が研ぎ澄まされているのかもしれない」
人間も五感の一つを失うと他の感覚がより敏感になると聞いた事がある。それと同じで常闇姉弟も明かりが見えない分何かの感覚が増しているのではないだろうか。【火円舞追奔】は酒呑童子の妖力で創り出されている代物だ。もしかすると妖気を感じ取り、感覚だけで避けていたのかもしれない。
「確かに俺が出してる炎は全部俺の妖力で出しているものだ」
「だとするとこの状況がおかしいよな」
「ああ、バレなさすぎる」
魔妖怪なら妖気、霊的な者なら霊気とそれぞれ生まれ持った力がある。魔妖界達はそれを感じ取り、獲物を探したり戦闘を避けたりするのだ。だが、妖気を最小限抑える事は出来ても完全に消す事は出来ない───完璧に消えたその時は死を意味する
妖気を感じ取る能力が増していると言うのならば今も幸と酒呑童子の妖気は相手に筒抜けのはずだ。それが二つ固まっているとなると尚の事だが、何度も言うが幸は蝋燭を貰ってから一度も常闇姉弟と会っていない。
「この火に何か隠されているのかもな」
二人は緩やかに揺れる火を見つめるが特に違和感は感じなかった。貰った相手なだけにもしかするとこの世のものでは無いのかもしれない───完全に姿を隠しきれる灯火。
初めての事に興味を唆られるが今はそれどころではない。いくらただの火ではないとはいえ、蝋が溶けている以上急がなくてはならないのだ。
「一階に十本の蝋燭を置いてきた。もちろんこの火だ」
「なるほど、その明かりがあればやりやすくなるかもな」
戦い場が一階に限られてしまうが明かりに姿を隠しながら不意を突いて攻撃すれば常闇姉弟に勝利する事が出来るかもしれない。
「だが、蝋燭も永遠じゃない」
酒呑童子は一つ頷き、立ち上がると扉を少し開けて外の様子を確認する。そのまま出て行くのかと思いきや振り返りざま真剣な眼差しで「負けんじゃねえぞ」と幸に言い残し、走って廊下の手すりから軽やかに飛び降りてしまった。
そんな事を言われると思っていなかった幸は驚きのあまり数秒固まった後、一つ笑みをこぼす。
「お前もな」
聞こえないのを良い事にらしくも無いセリフを言ってしまったと恥ずかしくなり、幸も急いで一階の広い食堂に向かった。
中に入ると持っていた蝋燭は溶け切り消えてしまったが、壁際に良い感じで配置した三本の蝋燭は消える事なく灯されていた。半分以上残っている蝋を確認した後、明かりが無い中央に立ち尽くす。
一度深呼吸をしてから目を閉じ、相手の妖気を探る。すると、凄まじい速さで接近してくる気配を感じ取り、目を開けると真正面から常闇姉が姿を現す。
「一体どんな手を使いはりましたの」
「さあな」
ここ数十分、幸の姿を探し出す事が出来なかった常闇姉は不可解な現象に初めて笑みを崩す。
「まあ、ええですわ。もう逃しまへんで!」
常闇姉の言葉を合図に触手は一斉に幸に襲いかかる。すぐさま近くの明かりに身を隠すと標的を見失った触手は幸を探す様な動きをしだす。その動きを見極め、道が開けた一瞬の隙を狙って二つ目の蝋燭の元に走って行く。
「くそ……っなんで」
急に出てきた幸に追い付く間もなく、またしても姿を消してしまった事に苛立ちが隠せなくなっていた。
探す一心で相手の守りが薄くなっている事に気付いた幸は素早く背後に回り、首元を狙って妖気を込めた傘を力強く振り下ろす。居場所が把握出来ないまま出てきた幸に反応が遅れた常闇姉は守りが間に合わず、傘で首を強打する。一瞬の息苦しさを感じた瞬間、その勢いで壁に吹っ飛ばされ背を強く打ち付ける。
「なんで……っ!まだ、そんな力が残っているというの」
幸の妖気量と現在の負傷を考えると立っていられるのが不思議なくらいのはずだが、それを遥かに超える動きに驚きと狂気さに常闇姉は声を上げる。
しかし、幸自身も何が起こっているのか分かっていない。
だが、一つ言える事は───自分はもう、だたの人間ではないという事だ
幸の攻撃がだいぶ体に響いたのか常闇姉は体勢を立て直す事をせず、倒れた状態で腕を横に振る。すると、接近を許すまいと自身の周りを触手で囲いだした。
「アホな……折れてはるわ」
首を触診しながら舌打ちをし、幸を睨みつける。骨を折った傘は曲がるどころか形すら崩れていなかった事にも苛立ってくる。
「流石は死神はんと言うべきどすわ」
「元、なっ!」
完全に体勢を整わせる前に幸は常闇姉に向かって一直線に走り出す。迫り来る無数の触手を傘で払い除け一気に相手の懐へと肉薄すると、みぞおち目掛けて傘の先で突き刺す。
しかし、警戒していたのか常闇姉の真下から現れた触手によって防がれてしまった。あと一歩及ばず歯がゆい思いをしたが、力任せにせず幸は素早く後方に跳躍する。
すると、急激な妖気の上昇を感じ取り身構えると、黒く禍々しいオーラを放ちながら俯く常闇姉の姿があった。
「こんな所で終われない……私は、魔界を変えるんだっ!!【変幻自在】」
急に言葉使いが豹変し、怒りを露わにする常闇姉は触手を槍に変えて素早く走り出す。動きずらい衣装を身に纏っているはずが、一瞬の瞬きすら許されない早さに異常を感じてならなかった。
無駄のない動きで幸の急所を的確に狙い仕留めに掛かってくる槍を必死に避け、隙を狙うが一向に相手のスピードが衰える事はなかった。
次第に幸の方が先に限界を迎え、動きが鈍気なっていく。
「私はもう……絶対に負けないんだ!!」
常闇姉の言葉に油断してしまった幸の右頬を槍が擦り血が頬を伝う。その衝撃で脚がもつれ、体勢を崩してしまった。
チャンスを逃すまいと攻撃を続ける常闇姉をなんとか躱し、瞬時に立て直すと傘で槍を受け止める。互角な力量に一瞬の緩みも許されない状態となる。
「お前は一体、何と戦っているんだ!」
初めて顔を合わせた時よりも明らかに感情が露わになっていた。それも幸に対してではなく他に向けての怒りや憎しみの込もった感情がひしひしと伝わってくるのを感じてならない。
「お前達の本当の目的はなんだ」
「ウチが望んどるんは美しい世界……ただそれだけや───殺し合いのない幸せな世界……っ!!」
魔界に争いは付き物だ。強い者が上だという上下がはっきりとした世界───だが逆に争いを嫌い、ひっそりと暮らす者もいた。それが常闇一族だったのだ。闇に潜み姿を隠して平和に暮らしていた。
しかし、魔王が消滅し喰い喰われが通常化してしまった世界で争いを嫌う種族はただの餌に成り下がってしまう。もちろん、姿を見せれば格好の餌食になってしまう事が分かっていた者たちは好んで姿を見せる事はなかった。
だが、何も知らない無知な子供はそうはいかなかった。外の世界に好奇心が駆られ、出てしまえば一瞬で強い魔妖怪に囲まれてしまう。足がすくんで逃げる事ができない子供を助ける為に一族の大人達は命を落とす。
常闇姉弟もまた死んでいく者を何人も目の辺りにしてきた───実の両親も含めて
「魔王さえ生きていれば父も母も、死なずに済んだ……っ!」
今までの発言は魔王がどんな人物かを知らないから言えた事なのだ。何故、魔王が共食いを許さなかったのか。真実を知っていれば復活の手助けなどする人物とは思えない程───無垢で純粋だ
それを良い様に使われた常闇姉弟が哀れで可哀想に思えてくる。




