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墜ちるために飛んだ ――父と太陽と、イカロスの告白――  作者: 白崎灰音


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6/9

墜落の作法

 墜ちるという出来事は、もっと一瞬で終わるものだと思っていた。

 叫びがあり、衝撃があり、すべてが断絶される。そんな単純な終わりを想像していたのだ。


 だが実際には、墜落は長かった。

 時間が引き延ばされ、思考だけが妙に冴え渡っていた。


 翼が壊れ始めたことは、感覚で分かった。

 音もなく、痛みもなく、ただ「支えられていない」という事実だけが、身体に伝わってきた。私はそれを、どこか他人事のように受け止めていた。


 ああ、これでいい。

 そう思った。


 空気が身体を押し、風が耳を塞ぎ、視界が歪んでいく。

 それでも私は、混乱しなかった。恐怖もなかった。むしろ、奇妙なほど冷静だった。


 私は、墜ちるための作法を、ずっと探していたのだと思う。

 どう終われば、誰にも迷惑をかけず、誰にも期待されずに済むのか。その答えを、ようやく見つけた気がした。


 思い出が、断片的に浮かんでは消えた。

 迷宮の壁。

 空を見上げる自分。

 翼に触れた夜の冷たさ。

 そして、父の背中。


 不思議なことに、父を恨む気持ちはなかった。

 あの人は、あの人なりに正しかった。天才であることから、一度も降りられなかっただけだ。


 私は、降りる。

 それだけが、私と父の決定的な違いだった。


 高度が下がるにつれ、海の色が変わっていく。

 深い青が、次第に緑に近づき、やがて現実の色になる。


 その瞬間、私は少しだけ、後悔した。

 生きたい、という欲望ではない。

 もっと早く、自分が飛べないことを認めていれば、という後悔だった。


 だが、それもすぐに消えた。

 後悔は、まだ未来がある人間のための感情だ。


 私は、静かに腕を広げた。

 落ちる姿勢として、それが正しいかどうかは分からない。

 ただ、その形が、いちばん自分らしい気がした。

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