飛翔は解放ではなく
飛び立った瞬間、私は理解した。
これは解放ではない、と。
地面から離れるという行為は、もっと軽やかで、歓喜に満ちたものだと想像していた。だが実際には、身体の奥に鈍い緊張が残り、心は少しも自由にならなかった。むしろ、逃げ場が完全になくなったような感覚に近かった。
空には、境界がない。
それは自由の条件であると同時に、居場所を失うということでもある。
私は、どこに向かえばいいのか分からなかった。
父の背中はすでに遠く、追いつく気力もなかった。かといって、引き返す場所もない。空は広く、平等で、残酷だった。
翼は、私の身体に従順すぎた。
少し力を込めるだけで高度が上がり、気を抜けば簡単に落ちてしまいそうだった。私はその不安定さを、まるで自分自身を扱っているように感じた。
私は、空に向いていない。
その確信は、飛び始めてすぐに訪れた。
それでも、私は飛び続けた。
理由は単純だ。止まる方法を、誰も教えてくれなかったからだ。
下を見ると、海が広がっていた。
深く、暗く、すべてを飲み込む色をしていた。あの場所なら、失敗も成功も区別されず、等しく沈んでいくだろう。そう思うと、不思議と心が静かになった。
私は気づいていた。
この飛翔は、自由への挑戦ではない。
これは、いつ終わるか分からない猶予だ。
飛び続ける限り、私は判断を先送りにできる。
落ちるか、戻るか、選ばずに済む。
だが、空は優しくなかった。
時間は確実に流れ、太陽は容赦なく近づいてきた。
私は、選択を迫られていた。




