父の沈黙
飛ぶ前夜、父は珍しく私のそばにいた。
それでも、会話はなかった。
沈黙は、父にとって自然な状態だった。
言葉は不完全で、感情は無駄で、説明は失敗の言い訳になる。父はそういう世界に生きていた。
私は、その沈黙の中で育った。
褒められた記憶も、叱られた記憶も、ほとんどない。評価は結果で行われ、途中経過は存在しない。だから私は、自分が正しく生きているのかどうか、最後まで分からなかった。
「怖くはないのか」
父がそう言ったのは、ほんの一度だけだった。
感情を伴わない、確認のような問いだった。
私は答えなかった。
怖いかどうかを判断する基準を、私はまだ持っていなかったからだ。
父はそれ以上、何も言わなかった。
忠告も、抱擁も、祈りもない。
その背中を見て、私は確信した。
この人は、私が落ちても振り返らない。
それは残酷な真実だったが、同時に救いでもあった。
誰も見ていないなら、私は失敗してもいい。
夜明け前、翼を背負った。
重さは感じなかった。ただ、自分がもう後戻りできない場所に立っていることだけは、はっきりと分かった。
父は先に飛び立った。
迷いのない飛翔だった。天才の飛び方だ、と私は思った。
私は、しばらく立ち尽くしていた。
空は広く、静かで、残酷なほど公平だった。
この場所で、私が証明できることは一つしかない。
私は、父ではない。
それだけを胸に、私は地面を蹴った。




