天才の息子という罰
父が翼を作り始めたのは、私がまだ迷宮の壁の高さを正確に測れない年頃だった。
もっとも、その行為が「逃走」のためであると理解したのは、ずっと後になってからのことだ。
父は、何も言わずに作る。
問いかけを許さず、説明を省き、完成だけを正解として提示する。それが、天才の流儀だった。
羽根は美しかった。
正確に揃えられ、無駄がなく、まるで最初から空を飛ぶために存在していたかのようだった。私はそれを見て、感嘆よりも先に、不安を覚えた。あまりにも完成されすぎていたからだ。
「これは、お前の分だ」
父はそれだけ言った。
祝福も期待もなかった。ただ事実だけが置かれた。
私は、翼を背負う自分の姿を想像してみた。
だがそこにあったのは、自由に飛ぶ姿ではない。落ちる瞬間を、他人事のように眺めている自分だった。
父にとって、私は延長だった。
作品の一部であり、理論を証明するための補助線のような存在だ。成功すれば父の功績となり、失敗すれば「想定外」として切り捨てられる。
それでも、私は拒まなかった。
拒む勇気も、代替案も、私にはなかった。
天才の息子であることは、罰だった。
才能を持たないことが罪なのではない。
才能を期待され続けることが、最大の罰だったのだ。
夜、私は翼に触れた。
蝋は冷たく、羽根は軽かった。その軽さが、ひどく心許なかった。
――これは、私を救うためのものではない。
そう思った瞬間、不思議と落ち着いた。
救われることを期待しなければ、失望する必要もない。
私は、静かに覚悟を決め始めていた。




