ep.1 雨降り
「うわ、やばい。雨だ。」
朝の陽射しは嘘のように消え、外は土砂降り。こんな日に限って、傘忘れるなんて。いやこんな日じゃなくて、いつも。私はどうして、いつも"こんな"なんだろう。
降りしきる雨の中を仕方なく走り出した。
高校に入学して早半年。最初の三か月は充実したものの、溜め込んだ重圧は莫大なものになっていた。
―委員会の資料も、友達への励ましも、母への報告も。どれも認めてもらえなかった。認めてもらえないのは、本人の意思にそぐえない私の責任。
中学での、あの華やかさはどこへやら、私の高校生活に花ひとつ咲いていなかった。
中学まではカバーできていた人間関係の重圧が、今は私を押し潰していた。
そこに、雨宿りにぴったりの小さな屋根を見つけ、少しだけ居させてもらうことにした。でもすぐにいなくなる。誰も干渉しない。私はひとりぼっちでまた走りだすんだ。
――「雨すごいな~。あ、傘ないね、そこの子。雨に濡れてて大変だねぇ。」
見知らぬ、白髪交じりのおじさんが話しかけてきた。私の名札をジロジロと見つめている。
「ん~? 伊吹高校2年の佐伯葵。君の事かな?」
「そうです。」
「あおい、ねぇ。あ、そうだ。葵の花言葉は、”大望”。君にはあるかい?」
大望、か。少し考えた。でも、きっと、そんなものない。
「ないです。これで失礼しますね。すみません雨宿りなんてして。」
「そうか……。あ、これ持ってきな。明日、返してね。」
私の右手に傘を握らせたおじさんは、建物の中へと帰った。
今更借りてしまったところで返せはしない。仕方なく使うことにした。
まだ雨は止まず、ザーザーと音を立てている。傘を介したこの出会いが、知らぬ間に私の心を動かす――なんて、まだ知らなかった。




