ひとつの影
寒さに目が覚めた。
鼻がツンと痛くて、服は水に濡れて張り付いて気持ち悪い。
髪も服も、砂だらけ。
視界に映るのはひとつの月だけで、それも薄い雲が掛かっている。
あ、失敗したんだな。
それだけが解った。
「彼奴も流れ着いてるかな」
寒さに震えながら立ち上がる。
軽く砂を叩いて、声を出した。
「おーい」
俺の声だけが響く。
「おーい、起きろー」
反応はない。
「ったく寝てんのかァ?」
頼りない月の光だけを頼りに浜辺を歩く、素足だからか、あまり綺麗ではない砂浜のゴミを時々踏んづけて痛い。
「おーい」
少し、嫌な想像をした。
けれどもそれは無いと頭を振った。
「なァ、起きてんだろー」
必死に人影を探す。何処だ、何処なんだ!?
「なァ、隠れてないで出て来いって」
隠れる物陰なんて何処にもない。けれどもそう言わずには居られなかった。
視界の端に影が見えた。彼奴だと思った。俺を揶揄っているだけだったんだと。
「ンだよ。其処に居たのか……よ……」
それはただの風邪に舞うゴミ袋だった。
彼奴ではなかった。
頭では理解っていた。
しかし、それは考えたくなかった。
「なんでお前だけなんだよ」
「なんで俺は其方にいけねェんだよ」
「狡い」
「裏切るなよ」
「なァ」
「なァって」
膝から崩れて、気がつけば目の前の砂が濡れていた。
「はは……」
乾いた嗤い声が聞こえた。
それが自分の声だと気づいたのは、暫くして喉が痛くなったからだった。
「お前なんて嫌いだ」
「なんでお前だけなんだよ」
「巫山戯るなよ」
吹いた風が冷たかった。
最期に感じた温もりも、もう思い出せなかった。
ただ、ひとつの影だけがそこにはあった__