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第七話 メイドさん

朝食の後、セーラー服に下はもんぺ姿の桜がチェックのマフラーを巻いて家を出ていった。


マフラーの下には鞄と防空頭巾を肩から斜めにかけていた。


その後、コートを羽織り、誠一郎も出勤して行った。



しばらくして洗い物を終えた雪はキッチンを出ると、帆布のリュックサックを担いで二階から降りて来た。



「今日は桜さんが早めに帰ってくるので、それまで留守番お願いします。


夕食はあの子が作りますが、お昼は棚にあるパンを食べていてくださいね」


光は焦った。


まさか留守番をすることになるとは思わなかったのだ。



「はい、あの、どちらへ?」


「実家の浦和にしばらく行っています」



雪を見送った後、何もすることのない光は、誠一郎の置いて行った新聞を手に取った。


新聞の内容はほとんどが今、つまり昭和二十年の戦争に関することだった。


音楽放送も終わったラジオの電源を切ると、静寂が訪れた。


隣のキッチンの水道から落ちる水滴の音が響いた。




突然、玄関でガチャガチャ鍵を開ける音に、光は驚いて椅子から飛び上がった。



「なんで鍵あいてるの?」


光が慌てて玄関に向かうと、紺のワンピースの下にもんぺを履いた若い女性が玄関に立っていた。


怪訝そうな顔をした女性は脱いだコートを手にしたまま、光に尋ねた。



「あなた誰?」


「早瀬光です。


しょ、書生です」


「書生?そんなの私聞いてないんですが?怪しいな」


彼女はそのまま上がり込むと、光の襟首を掴んでぐいぐい引っ張りながら廊下へ連れて行く。


そしてそのまま廊下にある黒い電話の前で光を壁に押し付けると、左手で受話器を取り、ダイヤルを回し始めた。



「お仕事中に申し訳ございません、電気工学部の上條教授のお宅で、あ、はい、そうです。


申し訳、あ、いえいえ、お願い致します」


そのまま、しばらくの時が流れ、急に声のトーンが高くなった。



「あ、先生!……はい美沙子です。


そうですそうです!……えっ!……ええそう言ってますけど……そうなんですか、私びっくりしちゃいました!」


美沙子と名乗った女性は、光をちらっと見た。



「なるほどー、ではいろいろ教えてあげておいた方が良いですよね?……はいもちろんです」


美沙子は光を見たまま、ニヤリと笑い、光の襟首を離すと受話器を下ろした。



「ひ・か・る・くーん。


本当に書生さんなのね、ごめんね疑ったりして。


勉強は無理だけど家のお仕事は私が教えてあげる。


それと」


一呼吸置いて、美沙子は再び訝しげな顔になった。



「未来から来た話を聞いておくようにって言われたけど、どういうこと?」


「え、えぇとですね」


光が言葉を選んでいると、美沙子がすぐに遮った。



「まあ、それは後にしましょうか、さっさと仕事始めたいし。


お昼ご飯の時にでも聞くわ」


そう言うと、美沙子は廊下の突き当たり、光の部屋の隣の鍵を開けると中に入り、ノートと鉛筆を持ってきた。


光に手渡し、やや得意げな表情で言い放った。



「一回しか言わないから、ちゃんとメモをとるのよ」



美沙子は再び部屋に戻ると、紺色のワンピースの上に白い前掛けを着て出てきた。


ほとんどメイドさんだ、と光は思った。



美沙子は洗濯物の入った籠を抱え、光にも来るように促すと外に出た。


そして右側の屋根の下に置いてあった四角い薄緑色の機械の前に立った。



「これ、もしかして洗濯機ですか?」


「珍しいでしょ。


やたら助かるのよね、特に冬は」


確かに珍しかったが、多分別の珍しさだろうと光は思った。



「まずはスフの物を別に取る」


「スフ」


スフが何だか分からなかったが 光は必死にメモを取った。



美沙子は洗濯カゴの中身を点検し、下着や靴下数枚を取り出した。



「これと、これと、これ。


洗濯板で汚れたところを中心に、さっと洗うのよ」


そう言って脇からタライを取り出し水を張ると、洗濯板を光に押し付けた。



「え、ええと」


何となく、こうかな、と適当に石鹸をつけ、洗濯板でゴシゴシと光は洗い始めた。


冬の水道水は痺れるような冷たさだった。



「ちがうちがう、そんな強くやったら痛む!こうやるのよ」


美沙子は洗濯物を光から奪い、自分でやってみせた。



その後、こんな凄いものはない!と美沙子が力説する洗濯機に残り洗濯物を入れ、他では見たことない、となぜか誇らしげに見せたハンディークリーナーのような電気掃除機で家中の掃除していった。


もちろん、最初だけ美沙子がやってみせ、あとはメモを取った光が全部やらされた。




昼食はご飯と味噌汁と漬物の簡単なものだった。


光はパンがあると言ったが、温かいものが食べたいとの理由で美沙子に却下された。



食べながら美沙子に促され、光は昨日起こったことを最初から説明した。


美沙子は相槌を打ちながら真面目に聞いていたが、とんでもないことを言い出した。



「未来から来たっていうか、それ死んでるんじゃないの?」


光は味噌汁を吹きそうになった。



「そ、そうなんですか!?」


「うーん、足はあるから幽霊じゃなさそうだけど、まぁ洗濯と掃除はできるみたいだから私はどっちでもいいわ。


自己紹介遅れちゃったけど、わたし川島美沙子。


去年に結婚してお暇を頂いていたけど、和ちゃんが奥様と疎開するっていうので週に二日だけ来てるの、今日は特別だけど。


よろしくね」


「は、はい」


「じゃ次、今日お肉の配給があるはずだから買って来るのよ。


それ終わったらご飯残ってるからお煎餅と糊作って、そのあとは洗濯物が乾いたらアイロンがけね。


で、配給の場所は……」


昭和二十年の家事は果てしなく続いた。


ただ、光は昭和の生活に揉まれながらも、少しずつこの家の一員になっていく自分を感じていた。



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