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第三話 知らない東京

「あ!」

「おいこら待て!」


光は後ろを振り返らずに全力で走った。



ローファーで走るのは不便だったが、カバンをなくしたおかげで手ぶらだ。


そのせいか、自分史上最速の逃げ足だと光は思った。



通行人を避けて必死に走り、朝来たはずの言問橋西の角を曲がる。


道は同じなのに、風景がまるで違う。


だが今は、それを気にしている余裕はなかった。


さらに角をいくつか曲がり、そのまましばらく走り続けた。


五分くらいは走っただろうか、後ろを追ってくる人の気配がなくなったのを感じたとき、光は小さな空き地を見つけた。


その空き地に積み上がった材木を飛び越え、陰に隠れる。




光は荒い息を整えようと、深呼吸を繰り返した。


激しく脈打つ心臓と、冬の冷たい空気で痛む肺が少し落ち着き始めると、震える手を胸に押し当て、首に適当に巻いたネクタイを緩めた。


すると、冷や汗が一気に噴き出した。



隠れるのにちょうどいい材木の隙間に入り、光はポケットの中のスマートフォンを取り出してみた。


どこかに行ってしまったカバンとは違い、幸いなことにそれはまだあった。



しかし予想していた通り、表示は圏外だった。


ロックを解除するまでもなかった。


脱力した光はそのまま材木にもたれかかった。


ふと横を見ると材木の間に新聞が挟まっているのが見え、何気なく引っ張り出した。



「聞新日朝……九十和昭?いや、右から読むのか……昭和十九年十月二十九日!?」


光はそのまま文面を読んでいく。



__敵艦隊を捕捉し、必死必中の体当り。



__豊田連合艦隊司令長官 殊勲を全軍に布告。



頭がクラクラすると、今度は猛烈な眠気が襲ってきて、そしてそのまままた意識がなくなった。




再び光が目を覚ました時に居たのは、やはり材木の間だった。


時計を見ると一九時を過ぎようとしていた。


辺りは真っ暗になっていた。



光は隙間から外に出て、周囲を改めて見回した。


とても東京とは思えないくらいの暗さだった。


家は並んでいたが、明かりがまったくなかった。


街灯すら点いていない。


いや、正しくは街灯はあったが点灯していなかったのだ。


空き地を出て小道を見渡したが、誰もいなかった。





とぼとぼと、行くあてもなく歩いた末に、小さな公園にたどり着いた。


光は首をすくめながら腰の高さの木のフェンスに座ると、いつもの癖でスマホを取り出し、ロックを解除した。


圏外のスマホで、まともに動くのは時計と……カメラくらいか。


そう思い、光は誰もいない道路に向けて振り返り、シャッターボタンを押した。




「それは何だね?」


LEDが発光すると、誰もいないと思った道路に中年の男性が立っていた。


歳は四十代の半ばだろうか、丸いメガネにグレーのコート、帽子を被っていた。



光は硬直し、しばらくの沈黙の後に口を開いた。



「カメラです。スマホの」


「スマホ、カメラ」


男は首を傾げた。



「カメラには見えないが、フラッシュバルブは点いたようだ」


微笑むような声だった。




「……俺、未来から来ました」


光の口から、自分でも思ってもない言葉が出て来た。



空腹と喉の渇きのせいかもしれなかった。


光は一気に喋った。


不発弾の爆発に巻き込まれたこと、空から落ちて来て兵士と警官に追われたこと。


自分の元いた世界はここは違い、はるか未来であること。




男は黙って光の話を聞いていた。


「何か、君の話を証明することはできるかい?」



光はスマホの画面を見せると、計算機アプリを起動し、簡単な計算をやってみせた。


その後、先ほど撮った写真を見せる。



男は初めて驚いた表情になった。


「ちょっと、それを見せてもらえないだろうか?」



光はうなずき、スマホを渡した。



男は光がやったように電卓を起動し、いくつかの計算を試した。


その後カメラを起動して写真を撮り、スマホを裏返してしげしげと全体を眺めていた。


「嘘ではないようだ」



今度は光が驚く番だった。


「なんで、信じてくれるんですか?」



男はスマホを光に返しながら言った。


「君の話には一貫性がある。


 それだけではなく、このスマホ?は子供騙しのおもちゃではなく、あきらかに工業製品として作られたものだ。


 しかし裏に英語で書かれているが、私の知る限り今の中国にこんなものを作ることができる工場は無い。


 カリフォルニアの林檎というのはよくわからないが」


男は続けた。



「この機械の製造方法や動作原理は私には説明できない。


 だが進化した科学技術とは元来そういう物だ。


 つまり間違いなく君は違う世界から来ている、その、未来から」


男は後ろを指さした。



「もし、行く所が無いのであれば、私の家に来ないか?小さいが空いている部屋もある。


 正直に言えば、そのスマホを詳しく調べたいし、君の話ももっと聞かせてほしい。


 少し遅くなってしまったが食事も用意できるだろう、朝から何も食べていないのなら腹も減っているのでは?」


またしても頭がクラクラして来たが、気を取り直して光は答えた。



「すみません。お願いします」



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