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第二話 遅刻

冬の寒さに凍える浅草の朝。


早瀬光は紺のブレザー姿で、学校指定のバッグを肩にかけながら全力で走っていた。


三学期の始業式からの遅刻はなんとしても避けたかった。



信号をうまくすり抜けながら走り、自宅からの道を進んでいく。


途中の工事現場では、年末に古い家が取り壊され、今は地面が掘り返されたままの空き地になっていた。


何を建てるのかは、まだわからない。



ポケットからスマホを取り出し、ちらっと見る。


――やっぱり、間に合いそうにない。



スマホをまたポケットに入れ視線を戻すと、その空き地から作業服姿の男が飛び出てくるのが見えた。


そのまま、光と同じ方向に駆け出していく。



今度は空き地からいきなり出てきた別の誰かが、ドンッ!と光を突き飛ばした。



「えぇっ!?」


体が宙に浮き、スローモーションのように視界が流れる。


その中で、がっしりした作業員が走り去るのが見えた。


さらに何人かの作業員が空き地を飛び出してくるのも見える。


突き飛ばされた光の体は、走ったそのままの勢いで歩道の脇にある植え込みに飛び込むことになった。



「いてて……」


頭を振りながら植え込みから体を起こして男たちが走り去った方向を見ると、作業服の男の一人が、振り返り叫んだ。



「兄ちゃん逃げろ!不発弾だ!」


「ふはっ?!」


「爆弾だよ!!!」


事情の飲み込めない光は、よろよろと立ち上がった。


右側の空き地を見ると、地面が掘り返され、工事用の重機が放置されてはいるが、別段変わることのないいつもの風景だ。


しかし、かすかに火薬の匂いがしたのは気のせいだったのか……。




光の視界は閃光に包まれて真っ白になり、次に土色の洪水に包まれ、何の音も聞こえないまま、意識が飛んだ。




◇◇


光は夢を見ていた。


フレームレートが落ちてきたゲームのようにカクカクとした視覚の中、過去の記憶が蘇っていく。


中学生の頃の記憶、小学生の頃の記憶、幼稚園に通っていた頃、今はもういない母親の記憶、まだ幼児のころ……しばらくして、自分と同い年くらいの少女が何かを叫ぶ姿が見えた……だれだ?……空を見上げていた光は、夢の中で高く飛び上がり、すぐに何かに吸い込まれるように落ちていった。




◇◇


落下!?

「痛っ!」


男の悲鳴が聞こえた。



ドサッという鈍い音とともに、光は誰かの上に落ちていた。



目を開けると、驚愕の表情を浮かべた警官らしき若い男が見えた。


そしてゆっくりと今度は右を見ると、軍服を着た明らかに兵士と思われる、こちらも若い男が振り返るのが見えた。



「誰だ貴様?!どけぇっ!」


光の下敷きになり、うつ伏せになって倒れていた、別の中年の髭面の兵士が叫ぶと、光は慌てて飛び起きた。



「すみません!すみません!」


不発弾はどうなったんだ!?光は思い出した。



「いててて」


下敷きになっていた兵士は、ヨロヨロと腰を抑えながら立ち上がった。



「おい!貴様どこから来た!」


「え、ええと」


「こ、こいつ、いきなり空から落ちて来たぞ!」


目を丸くしていた警官が光を指差し、叫んだ。



「自分は見ていないであります!」


別の若い兵士が続けた。



集まっていた野次馬の住民たちが空を見上げるが、周囲を住宅に囲まれた空き地の空には、何もなく、飛行機雲がはるか上空に残るだけだった。



「え、ええと、ええとですね。


不発弾が爆発してですね、あ、あれ!?」


改めて辺りを見渡した光は上ずった声で叫んだ。


彼の記憶にあった、工事現場だった場所はただの空き地で、隣にあったマンションは二階建ての黒い木造家屋になっていた。



「なに寝ぼけてるんだ、爆発しないから不発弾だろう」


若い兵士が言った。



「え、え!?」


「不発弾はそこに埋まってる。


こっちはそれを調べに来たのに、お前は何を言ってるんだ?」


ようやく立ち直った、髭面の兵士がすり鉢状になった地面を指差して言った。



「どこの中学生だ?」


今度は警官が光に聞いた。



「中学生じゃないです、高校生です」


「高校生!?」


「そうは見えないが」


髭面の兵士が言った。



「そんな妙ちきりんな背広を着た高校生がいるか!」


警官が光の高校の制服であるブレザーとグレーのパンツを指差した。



「せ、せびれ!?魚じゃないです!」


我ながら馬鹿なことを言ってしまったと、即座に光は後悔した。



兵士二人は顔を見合わせた。



「お前、小隊長殿に報告して応援呼んでこい」


髭面の兵士が、もう一人の若い兵士に言った。



「いやいやちょっと待て陸軍さんよ、不審者は警察の領分だ」


警官が身を乗り出して切り返した。



「なにを言っとるか、不発弾の処理一切は陸軍の受け持ちだ」


兵士がさらに声を荒げて答えた。




兵士二人と警官はどっちがこの場を取り仕切るかについて、口論を始めた。


硬直した光は目だけを左右に動かして周囲を伺い……走り出した。



「すみません!」


空き地の出口の野次馬を突き飛ばし、浅草駅とは反対側と思われた方向に向けて、全力で逃げだした。



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