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第六話

「真に憐れぶまれるは、汝也!」


 スルト・キルクスの宣言と哄笑が客間に轟く。

 無人の部屋で、体は壁に向かい、背を逸らし顔を天井に向け、高らかに、しかし乾いた笑い声をあげるその姿は「異様」であるとしか言い表せない。

 語る言葉は力強く、その声も勝利の確信に満ちていたが、その内心の状態がどうであるかはその外観に滲み出ていた。


 しかし、アストラゴルの弁舌が止まったのは事実である。

 スルトはその間隙を見逃さず、攻めの手を緩めなかった。


「アストラゴル!貴様の言葉は人を堕とし、心を腐らせる。陳腐な「罪」の枠組みに囚われた、くだらぬ囁きでな!」


 女の声が鋭く響く。

 彼女は背を起こし、両の手を広げ、踊るように振り返る。


「「傲慢」へ至らしめる王位簒奪の誘いは失敗した!先の宴における囁きは「憤怒」か?それとも「嫉妬」か?!はは、最早どちらでも良い!どちらであろうと関係あるものか!元来、移ろいやすき者どもの審美眼に我が在り方を頼る事こそが無理であったのだ!」


 室内には、依然変わらず人の姿は存在しない。

 その漆黒の瞳は虚空を見つめ、燭台の光を爛々と反射する。


「貴様の信望者共が求めたような「強欲」なる財貨は私に必要ない!安穏たる「怠惰」も、華美で豊麗なる「暴食」も然り!我が居場所は戦場なれば!」


 スルトの呼吸が再び荒くなる。

 両の手は対の肘を掴み、自己を抱え込むように身を捩る。

 鼓動が速まり、またも心は揺れ動かされている。

 しかしそれは絶望の怯えによる物ではない。


 興奮と歓喜の震えである。


「そして残るは「色欲」か!はてさて如何なる美男子か偉丈夫が我が眼前に現れ出て、我を求めてくれるのか?!いや美少年か、いっそ美姫という選択肢もあるな!ハッハハハハ!」


 感極まり、震えを伴った声で嘲弄が放たれる。

 彼女の春は常に刃と土煙が共にあり、血と腑の温もりにはまみれても、肌のそれを感じる事はなかった。

 唯一、その手に残る感覚はそれが失われゆく冷たさのみである。


「全て無駄な試みよ。種の割れた策など児戯に等しい」


 一頻り笑い、一通りを吐き出した後に、スルトは静かに、しかし確実な圧を伴った言葉を吐く。

 そして息と姿勢を整え目を細め、次を告げた。


「だがアストラゴル。私は貴様に慈悲をくれてやろう。貴様が私の中で在り続ける事。それを、赦す」


 机の上に置かれたスティレットの刀身に指先が触れる。

 燭台の光が細い銀を煌めかせ、その冷たい輝きがスルトの目に映る。


「貴様の誘いに乗ることなく、私が貴様を想い続ける限り、貴様は生き続ける。生き続けさせてやる。そして貴様が我が魂を奈落へと引き摺り落とさんと試みる限り、我が「高み」は証明され続ける」


 切先を女の指がなぞる。

 その冷たさが、確かな現実を思い出させるかのように。


「「悪魔憑き」か。先日までは忌まわしく、先刻までは我が臓腑を抉り貫いたこの言葉を、私は受け入れようじゃないか。所詮は、既に皆が認める皮袋に中身が詰まるだけの事。何も変わる事ではない」


 口元に指をやり、ククと軽く嗤う。

 その時、燭台の火が大きく揺れた。

 窓も戸も閉め切られた部屋であるにも関わらず。


「しかし、その意味は真逆となる!悪魔の存在が我が正義を毀損する事はない!影ある所にこそ光は!ある!」


 揺らぐ灯火が作り出す影もまた、部屋の四隅にて蠢くように形を変える。 


「さてアストラゴル、我が挑戦者よ。貴様が進むべき道は二つ。我が手を取りて存続に遍るか、せめて我が心を死に至らしめんと「誇りある滅び」を汝が受け入れるか」


 そして、スルト・キルクスの手が空に差し出された。


「さあ、どうする」


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