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第一話

 王宮において、今宵開かれるは祝宴パーティのはずであった。


 悪魔の災厄を終わらせた英雄を称える、王自らが発起した一大行事。

 豪奢な絹の垂れ幕が大広間を飾り、卓上には国内は勿論、大陸諸国から選ばれた珍品の数々が並べられている。

 燭台の光は金細工に反射し、天井近くのステンドグラスを虹色に輝かせていた。

 しかし、その輝きの下に集まった文武百官、諸侯列伯たちの間に漂う空気は、「祝福」と同程度には「重苦しいもの」を孕んでいた。


 宴の中心には、まず主催者である王の姿があった。

 そしてその隣に、この宴の賓客である騎士が居た。

 暗く深い緋色の髪を短く編み束ね、艶やかに黒い高襟の礼服に身を包んだ女性、スルト・キルクスである。

 彼女こそが、悪魔アストラゴルの体に刃を突き立て、その存在を滅ぼし、征伐した者であった。


 王がゆっくりと立ち上がると、大広間に集った者たちの囁き声は静まり返った。

 その姿は威厳を備え、装飾が施された王冠は燭台の光を受けてきらめいている。


「皆の者、今宵は特別なる夜である」

 王の声は深く、広間に響き渡る。

「ここに座するスルト・キルクスこそ、我らが地を脅かしたアストラゴルを討ち果たした英雄だ」


 その言葉に反応して、控えめな拍手が広がる。

 王は続ける。


「悪魔アストラゴル。かつて封じられたこの大悪魔が、愚者の手により再び我らに災厄をもたらそうとした。しかし、キルクス卿とかの軍の尽力により、悪しき企みは打ち砕かれた!今、我らが心安らかにここに座していられるのも、彼女らの勇敢なる戦いの成果である!」


 王の張り上げる言葉に合わせるように、再び拍手が広がる。

 しかし、やはりそれはどこかぎこちないものであった。

 それは、この「偉業」に対する賞賛と敬服の実態がいかほどであるかを示していた。

 騎士は表情を変える事なく、ただ前を見据えている。


「キルクス卿。そなたはこれまでも我が国に多大なる貢献を重ねてきた。その剣技と勇気は、まさに神の恩寵を受けたかのようである」

 王の瞳が騎士の朱殷の髪、まるで流れ出た血にも見えるその頭髪に向けられる。

「その強大なる力に、我らは感謝と、畏敬の念を抱かずにはいられない」

 王は眼を閉じて杯を軽く持ち上げ、賞賛の言葉を紡ぐ。


 しかし、放たれた言葉は広間の空気を微かに揺らした。

「畏敬」と表されてはいるが、王や彼らの内心を示すのに、より相応しい語句がある事は明らかである。


「恐れ」もしくは「警戒」。


 これこそが、「賛辞」の言葉に覆い隠された本心だった。


 悪魔アストラゴルを討つほどの力を持つ者。

 それは同時に、彼女は悪魔をも凌駕する「脅威」なのではないかという懐疑を抱かせるに十分だったのである。


 騎士はその視線と疑念を気にも止めない素振りで、杯を手に取り王に倣いて軽く持ち上げる。

「恐れ多いお言葉、身に余る光栄にございます」

 礼で応える彼女の声は氷のように冷ややかで、そして硬い。


 スルトの眼差しが静かに会場を一巡する。

 まるで彼らの心を射抜くような、その視線に、誰もが言葉を失う。

 瞬間、広間にいる者たちは息を飲んだ。


「そして陛下」

 スルトは杯を置き、ゆっくりと立ち上がった。

「臣は、常に陛下の剣であり続けましょう。私はただ、刃を振るい、敵を討つだけ。それ以上でも以下でもありません」


 その言葉は一見、安心を与えるものだった。

 だが、その後に続いた彼女の「宣告」は、広間の空気を一層凍て付かせた。


「我が切先を恐れる必要がある者は、国家の敵、王の敵、民の敵」


 スルトの声がわずかに低くなり、その瞳が鋭く細められる。


「そして、「我が敵」のみにございます」


 紡がれる言葉の中で強調されたその一部の語句により、広間には重苦しい重圧が課された。

 スルトはその沈黙を意にも介さず周囲をしばらく睥睨した後、腰を下し、再びグラスを手に取る。


 王は顔を硬くしながらも、ホストとしての威厳を保たんと微笑みを浮かべ、答えた。


「なるほど、あっぱれ。実に頼もしい言葉である。斯様なる臣下を得た私は実に果報者である事よ。では諸君!長々と失礼した!今宵は無礼講である!乾杯!」


 騎士との言葉を打ち切り、王は宴の開始を告げ、杯を高く掲げる。

 騎士が、そして列席者がこれに倣った。


 スルト・キルクス。


 功多き彼女に与えられた「称号」「異名」は数多くある。

 当然、これに比例して彼女を中傷し、揶揄する「汚名」も同じように存在した。

 その内で特筆されるものとしてこのような物がある。


 それは「悪魔憑き」である。

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