6話
「俺は戻りたいと思わないんだよな。借金まみれで返せる予定もないんだよ俺。それにまともな会社にも行けそうもないから終わってるみたいな人生なんだよ」
「そうなんだ………」
自嘲する九十九 正義に対して可哀そうなものを見るような眼差しを向ける臥龍岡 小袖。
「ガッガッ!かわいそうだが男の方は結構どうでもいいんだよな」
「は?」
しんみりとした雰囲気をぶち破ってドットの荒いアヒルがモニターで黄色いくちばしをぱくぱくしている。
「ガッガッガッ!前までは生意気な男が全然違う環境で人間にも魔物にもぼこぼこにされながら、異世界をみっともなく生きていくっていう動画が流行ってたんだけど、いまの流行りは綺麗な顔の少女が格好良く活躍するところなんだ」
「綺麗な顔の女………」
小袖は呟くように言った。
「ちょっとまてそれじゃあなんで俺のことをここに連れてきたんだよ。いらないなら連れてこなきゃいいだろ」
驚いて少し固まった後で九十九は言い返した。
「ガッガッガッ!そうむきになるなよ。まあオマケみたいなもんだよ、のり弁に入ってる漬物くらいの存在感だな」
「はぁああああ?!何だその例えは!っていうかなんでお前がのり弁を知ってるんだよ。なんにも食えないだろお前は。モニターの中だしアヒルだし」
「ガッガッガッ!食えなくたって知ってるんだよ。モニターの中にいるからってアヒルだって、お前より知ってることは沢山あるんだぜ。異世界のこととかもな」
「ふん!知ってると言ったってただ知識として知ってるだけだ。やっぱり食ってないから全然のり弁のことをわかってないな。のり弁の漬物はめちゃくちゃ美味いんだよ!あれがなかったら揚げ物はきついんだ。漬物2倍はプラス30円とかにしてほしいくらいだ」
「ガッガッガッ!たしかにのり弁の詳しさでは負けるかもな。漬物がそこまで重要だとは知らなかった。まあお前の言う通り漬物はあった方がいい、こっちとしても素材は多いに越したことはないしな」
「素材?ちょっと待て、そういえばお前さっき「動画」っていってたよな。どういうことだよ」
「ガッガッガッ!ようやく気が付いたの?おっそおっそガッガッガッ!人間を何のために異世界に連れていくのか。それにはちゃんとした理由があるんだよ」
「そこまでいうならしっかりと説明してもらおうか」
モニターのアヒルを見据える。
「ガッガッガッ!お前たちの活躍は、上位の方々を楽しませるための動画として使わせてもらうぜ。気付いてるだろ、ここにも大量のカメラがあることには。いまもしっかり録画してるぜ。異世界に言っても同じだ。いわばドキュメンタリー映画だな、お前たちに分かるように言うなら」
「ふざけんな!俺たちのことを何だと思ってるんだ!」
「ガッガッガッ!娯楽だな。娯楽の道具」
「おい!そんなこと聞いて異世界に行きます、なんて言うとでも思ってるのか?」
「ガッガッ!それじゃあ行かないってことか?まあこっちとしてはそれでもいい、さっき言った通りお前はオマケだ」
九十九は言葉に詰まる。
「ガッガッ!何にしても九十九、お前は自分の人生を変えたいんじゃないのか?それなら動画になるとかならないとか、そんなことよりも自分人生どうするかが重要だ、違うか?」
「何を急に正論言ってんだよ。俺はまだ異世界に行くとも行かないとも言ってない」
「ガッガッ!何だまだ迷ってんのか」
「そうだよ。俺にとって重要な分岐点なんだ、迷うに決まってるだろ。元の世界に戻ったって地獄だ。それなら死んだってかまわないが、重要なのは死に方だ。異世界で魔物に喰われて死にたいわけじゃない。もう自分でもどうすればいいのか分からない。死ぬことを願いつつも俺には死ぬ勇気がないんだ」
「九十九………」
九十九の言葉は今までと違って明るさがない。滲み出ている絶望。九十九の陰の部分が見えたことで、小袖は複雑そうな表情で何と言っていいか分からないらしい。
「まあ正直言って俺も驚いているんだよな」
「何がだよ」
「ガッガッ!お前だよお前。まさかこの亜空間にお前が現れるとは思わなかったってことだ」
「意図して俺をワープさせたわけじゃなかったのか!?」
「ガッガッ!俺が知る限り小袖ひとりだけの予定だったんだよ」
「そうなんだ………」
小袖は不安そうな顔を浮かべた。
「たまたまその時に近くにいたからってことか」
「ガッガッ!まあそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないな。俺にはさっぱり分からない。しかしまぁ結局は異世界に行くかどうかは自分次第だ。とりあえずどっちにしても自分のキャラメイクをやってみてから考えてもいいんじゃないか?」
「キャラメイク?なんだそれ!そんなことできるなんて前に来たときは知らなかったぞ」
「ガッガッガッ!そうなんだよ前は無かったんだよ。最近できるようになったんだ。というかお前たちが第一号だ。九十九は前もここに来たんだろ?それならラッキーだったな。昔よりも今のほうが死なない確率は高いと思うぜ」
「昔だったらチートを貰えなかったっていうことか?」
「ガッガッガッ!そんなわけ無いな。ちゃんと特別なスキルをくれてやってたぜ。それがお前たちが言うチートかどうかはわからないけどな」
「それなら、まあ」
もしあの時異世界に行ってたらどうなっていただろう。
それは今までの人生で何度も考えてきたこと。もしかしたらチートで俺TUEEEをできていたかもしれないと思って、何度も別の未来線を想像していた。想像するのはいつも自由で明るい未来だったが、どうやらそうではなかったらしい。
「ガッガッガッ!スキルはくれてやっていたが、ただランダムだったっていうだけだ」
「なんだよランダムって」
「ガッガッガッ!言葉そのままの意味だよ。自分がどんなスキルを貰うか分からないままいくってことだ。何が貰えるのかは運しだいっていうこと」
「はぁあああ!?それじゃあ役に立つスキルかどうかわからないってことじゃないか。そんなので全く知らない世界に行こうなんて思う奴いるか?」
「ガッガッガッ!けっこういたぞ」
「マジか………」
そんなので上手くいく位異世界は楽勝なのだろうか。いや、ちがう。
「前に来た時に「死ぬ確率99%」って書いてあったな。それなのになんで行こうと思うんだよ。まさかあのモニターの文章を最後まで読んでなかったのか?もしそうだとしても行かせようとしてる奴らもまともじゃない」
「ガッガッガッ!けど行くことを決めたのはそいつ自身だからな。自己責任ってもんよ。それにそれは昔のやり方で今は変わったんだからどうでもいいだろ?」
「どうでもよくはない。やっぱり信用できそうもないな。行くのは止めておいがほうがいいかもしれないな、小袖」
「だから言ったじゃん」
アヒルは悪びれることなく自己責任と言った。
確かにそうかもしれないが納得はできない。俺たちをここに連れてきた上位の存在とやらは、俺が考える神様ではないということだ。俺が考える神様とは常に正しい行いをする正義の存在。
さっきのアヒルの説明では異世界に言った人間で動画を作って楽しんでいるらしい。そして過去に異世界に言った人間は99%死んでいるということ。つまり上位の存在は人間が死ぬ様を見て喜んでいるということ。
デスゲームを安全な場所から見て楽しんでいる富裕層。大人気漫画の1ページをはっきりと思い出した。
「ガッガッ!まあまあ、とりあえずキャラメイクだけでもしてみたらどうだよ。確かに前の時は死ぬ奴は多かったが、しっかり自分でスキルを選べるならそれだってかわるだろ?」
「どうしてそんなに勧めるんだよ。お前はさっき元の世界から逃げたい人間しかこの場所にこれないって言ってたけど、そんなやつはいくらでもいるだろう?」
「ガッガッガッ!ああ、たくさんいるぞ」
「それなら行く気が無さそうな奴の事なんかとっとと諦めて、次の人間に移った方が効率的じゃないか?」
「ガッガッガッ!その通り、それはお前の言う通り」
「じゃあなんでだよ」
「ガッガッガッ!それはな、いままでの奴らが死に過ぎたからだ」
「死に過ぎたから?」
軽く死を語るアヒルに背筋が寒くなる。
「ガッガッガッ!毎回毎回死んでばっかりじゃ同じような動画ばっかりになっちまうんだな。だから今回は特別に才能がある人間を呼ぶことにしたんだよ。基準を物凄く高くしてな、だから当てはまる人間はそんなに沢山はいないな」
「特別に才能がある人間………」
「ガッガッガッ!お前の事じゃないぞ」
「はっきり言うな!」
「ガッガッガッ!はっきり言わないとわかんない馬鹿っているだろ。よく思い返してみろよ」
「何だその言い方、めちゃくちゃ腹立つな」
腹が立ちつつも隣にいる少女を見る。
小袖。
「私ってすごいんだって。聞いてた?」
小袖が得意げに胸を反らしている。
悔しい。
悔しすぎて胸と尻を揉みたい。
ぎゅにゅぎゅにゅ乱暴に揉みたい。