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3話

 



 怒りの瞳が九十九を睨む。


「ねぇ、あんたなにしてんの?マジで!」


 臥龍岡ながおか 小袖こそでは低い身長から殺気を含んだ野太い声を放った。音量自体は小さいが十分な迫力がある。さすがは臥龍岡組の組長の娘であると言っていいだろう。


「いや別に何も………俺は何もしていない………」


 九十九つくも 正義まさよしは目を逸らす。それは明らかに悪いことをしてしまった人間の顔。顔の半分はくせ毛の黒髪で隠れているが、黒目があっちこっちに向いているし汗もかいている。


「何もしてないことないでしょ!」


 小袖の言葉の勢いは激しいが、九十九の唇の端がにゅっと上がった。どうやらさっきたっぷりとと堪能してしまった桃尻のことを思い出しているらしい。頬が上がり、目元も上がる。九十九はいま完全ににやにやしている。


 脛に激痛。


「はっ、がっ………」


 片足ケンケンしながら九十九はしゃがみこんだ。


「痛った!」


 そして恨みがましい視線を小袖に向けるが、七色の瞳からは冷たさが帰って来るだけだった。


「痛った!!めちゃくちゃ痛い!」


 被害者アピール。


 しかし小袖の瞳に反省の色は全くない。


「折れたかもしれない」


 それでもまだ諦め悪くアピールをしながら、これがかの有名なカーフキックか、と九十九は思う。まさか脛を攻撃されるとは予想外だった。


 痛みはあるが折れては無い、それは分かっていた。脛を優しく摩りつつ、時々ちらっと少女の表情を伺う。ひょっとしたら許してくれたんじゃないか、あの桃尻を思いっきり堪能してしまったことを。


 けれどゾクっとする冷たい視線だけがそこにはあった。


 この作戦はどうやら無理そうだ。


「あのモニター、あれを見て、ほらほら!あれ!」


 九十九は勢いよく指さす。


「なに?」


 大きな声に驚いたのか小袖は振り返る。


「あそこに何か書いてある。もしかしたらここがどこなのかとか、なんで急にこんなところにいるのかとか、いろいろと書いてあるのかもしれないな」


 モニターは遠くて文字を読み取ることはできない。


「今はそれどころじゃない」


 冷たい声。


「いやいや落ち着いてよく考えてみるんだ小袖」


「名前勝手に呼ばないで」


「けどあれって重要だと思うぞ。ゲームだったら絶対に見たほうが良いやつだ、いかにも大切なことが書いてそうじゃないか」


「私だってゲームは好きなんだからそれくらいわかってる」


「そうか、そうだよな。それだったら早く見に行こう!」


 怒られないように注意を違う方へ向ける作戦。


「急がないとあのモニター消えちゃうかもしれないぞ。そうなったら大変だ、レトロゲームとかだったらよくそういうのあるんだよな。大変だ大変だ、すぐに見に行かないと大変だ」


 芝居がかった言い方。


 あまりにもわざとらしいから小袖はこれが九十九の作戦であることは分かっているが、それでもやはり気になってしまっているようだった。


 いきなり自分の部屋からワープしてきたことに対しての驚きというのは当然り、いまのこの状況に対して説明が欲しいのは間違いないはずだった。


「俺は見てくるぞ。情報は大切だからな」


 九十九が立ち上がって走りだしたのを見て小袖は少し驚く。


 九十九にとってはこの場所は二度目なのでそこまで大きな不安はない。しかし小袖にとっては始めての経験だ。


 知らない場所で暗闇の中でひとり。


「ちょっと待ってよ!」


 急激に不安そうな顔をして九十九の後ろを小走りで追いかけた。


 《おめでとう、君は選ばれし勇者だ》


 桃色髪の少女は振り返ってモニターに書かれている文字を読み上げた。これは九十九があの時見たものと全く同じだ。その下には「異世界にゴーゴゴー!」と叫んだら出発します、と書いてある。全く同じだ。


「コピペかよ」


 九十九は腹が立った。これに書いてある通りなら、あの言葉を言うだけで1人の人間の人生に大きな転期が訪れる。それなのに文章は全く同じだった。


「何この場所?なんで私はここにいるの?何このモニター?何コピペって?あんた何か知ってるんでしょ、答えてよ!」


 小袖は少しパニック状態のようだ。


「大丈夫、そこまで慌てなくても大丈夫だ。実は俺は前にこの場所に来たことがあるんだ。」


「嘘でしょ!?」


「嘘じゃない、高2の時にも一度ここに来たことがあるんだよ」


「あんた何言ってんの?」


「その時も真っ暗だったし、このモニターはあった。それに書かれていることも同じなんだよ。あの時戻れたから今回も戻れるかもしれない、だからそんなに慌てなくても大丈夫だと思う」


「慌てるに決まってるじゃん」


「それはわかるけどなんか安心してほしくて」


「う、うん………」


 小袖は何と言っていいか分からない様子だ。


「高2の時の俺は書いてあるあの言葉は言わないで、とにかく頼み込んでいたんだよ。絶対無理だから元の世界に戻してくださいって。それで何百回も土下座し得たらいつの間にか元の世界に戻ることができたんだ」


 不思議そうな表情をしている小袖にあっさりと言い放った。


「え本当?っていうかよく考えたらあんた誰なの?なんで私の部屋に勝手に入ってきたの?誰?あんた誰なの?」


「誰とかはまあ、まあまあまあまあ」


 九十九は明らかに動揺している。


「まあまあとかじゃなくて名前は?」


「まあまあ、それはまあまあ」


 九十九は言いたくなかった。


 名前を言うのは良くない。名前を言ってしまったら元の世界に戻った時に良くない。俺は空き巣に入っていたんだから逮捕されてしまう。いや逮捕は無いか、ヤクザが警察に言うなんてことはしないか。けどどっちにしても名前は言いたくない。


「さっさと言えよ」


 右腹に激痛。


「はっ、が、が………」


 これはまさか、かの有名なレバーブローか。痛すぎて思わずうずくまる。見た目からは分からないくらいのパンチの威力だ。おおきく振りかぶったりすることは無く、いきなりパンチが来た。素人とは思えない、きっと格闘技を習っているはずだ。


九十九つくも 正義まさよしです」


「ふーん変な名前。私の部屋になんで勝手に入ってきたの?」


「それはえーと………」


「内臓を破裂させてほしいの?」


「それはやめてください。ここには病院とかないんで」


「それじゃあさっさと言えよ」


「なんというかその、ルパンというか、石川五右衛門というか、泥棒というか、なんというか。そういうやつです」


「はぁ!?犯罪者じゃん!」


 小袖の大声に九十九の体が反応して動いた。


「ヤクザが言うな」


「私は違う」


 ふたりともに苛ついた声。


「ふーんそうですかー。けど家も食べ物も着ているものも何もかもが一般市民から撒きあげた汚い金ですよね。それなのに私は違うって、へーなるほどー」


 九十九が息を吐きだす音。


「肘打ち、きっつ。絶対に格闘技やってただろ?」


 数歩下がって脇腹を押さえながら、軽く睨む。小袖の動きはあまりにもスムーズだった。無駄なく距離を詰めて振りかぶったりせずに放った肘鉄は動きは小さいが威力は十分で、九十九のあばらをしっかりと痛めつけた。


「教えない」


「君の名は?」


「何でそんなこと教えてあげないといけないの?犯罪者になんか教えてくないんですけど。しかもコソ泥みたいなしょうもない小悪党に。どうせやるなら大きな犯罪にすればいいのに、小悪党ってすっごいダサい!」


 九十九の頬がぴくりと動く。


 欲望。


 この生意気な女を泣かしてやりたい。


 人には言っていいことと、駄目なことがあるんだと教えてやりたい。思いっきり分からせてやりたい。こういうやつには口で言っても分からないものだ、しっかりとその体に教えてやる必要があるだろう。


 あの桃のような尻をバシバシひっぱたいてやる必要がある。教えてやる必要がある、これはこのメスガキにとって必要な教育なのだ。


「なにそれ私のことを睨んでるの?だって本当の事でしょ?」


「世の中で一番腹立つ悪口は本当のことを言うことなんだよ」


 立ち上がって上からさらに睨みつける。九十九は身長が185㎝ほどの長身なので女性としても小柄な小袖に対すると非常に体格差がある。


臥龍岡ながおか 小袖こそで


「お?」


 まさかこのタイミングで言ってくるとは。効いている、俺の睨みつけの効果が抜群すぎる。相手は震えている、今がチャンスだ。


「私の名前。しょうがないから殺す前に教えてあげる」



 小袖の右手にある黒い塊。


 拳銃。


「それ持ってたの?」


 九十九は一歩後ずさる。


 元の世界で最後に見た光景と同じ。銃はからは離れていても重さとにおいと殺意が感じられる。


「何か言い残すことがあるのなら最後に聞いてあげてもいいよ」


 冷たい目には七色の色彩が宿っている。美しい瞳。陳腐な言い方をすればまるで宝石のように美しい瞳じゃないか。


 ひと息吐く。


「許してくださいーーーーー!!」


 美しい瞳に向かって俺は土下座した。


「どうか、どうかお慈悲を頂けませんでしょうか、なんでもします。だから殺すのはどうか勘弁してください。お願いします。お願いします」


 少し驚いてから小袖が言い返す。


「許すわけないじゃん。自分が何をしたのか考えてみたら?よく考えてみたら許されるはずがないって分かるよね?そのくせに私に生意気な口を聞くなんて信じられない」


 土下座しながら銃口が顔の中心に来ないように、少しだけ体勢を変えてみたけども、すぐに銃口の位置が修正されてど真ん中に来た。


「もし小袖さんが異世界に行きたいなら、私のようなコソ泥でも何かのお役に立てるかもしれません。ひとりだと大変だと思います。だから殺さないでください」


「コソ泥って認めるんだ」


「はい私はコソ泥です!」


「なんか開き直られてるみたいで腹立つ」


 醜くていい。


 みっともなくていい。


 あの時は死にたかった。死ぬことが幸福だと思っていた。死ねば何も感じなくて済む、何も考えなくて済む、悲しまなくて済む、苦しまなくて済む。つまり死は自分にとって完全なる救済だった。


 しかし今は違う。


 幸福を味わってしまったから。


 だから九十九は明らかに年下の女子に対して地面に頭を擦り付けた。死んでしまったらもう二度と、あの幸福を味わえないから。


 多分嘘だ。


 小袖がいま本当に引き金を引くとは思っていない。たぶん脅しのために見せているだけだと思う。けれど万が一ということもある。


 いま九十九は楽しんでいた。


 笑っていた。




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