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1話 -運命の出会い-

 


 梅雨の合間の晴れの日の午後三時。湿気を帯びた微風の赤坂に様子のおかしな男が立っている。


「やるしかない」


 九十九つくも 正義まさよしは引きつった顔でその門をくぐった。


 両開きで大きくてかなりの分厚さがある門だ。それが開いた先に何があるのかは近所の住人はもちろん、近隣の警察官にとっても常識であり、雑誌にも載るほどは非常に有名な場所だ。


 しかしここを通り過ぎていく人々の顔は冴えない。誰もが悪臭を嗅いだときのような顔をしながら決してその中には入ろうとはしない。


 臥龍岡組ながおかぐみ


 それは全国的に有名な指定暴力団。暴力行為や闇カジノ、麻薬、拳銃の売買などでテレビなどでたびたび名前が出る。暴対法によって厳しいとされるなかでも法の目をかいくぐり、安定した経営を続けている。


 九十九がいまくぐったのは組長 臥龍岡ながおか びんの自宅の門。


 彼の姿は暴力団員でも警察官でもウーバーイーツの配達員でもなさそうだ。体を縮めながらおどおどした様子で敷地の中へ一歩一歩踏み込んでいく。


 185cm程の長身で、ややくせ毛の黒髪が顔の半分を覆っている。黒いパーカーのフードをかぶり黒いチノパンを履いているため、どこからどう見ても怪しくしか見えない。


 美しい景色。


 門の内側は広大な枯山水庭園になっていて、人の手によって完璧に作り上げられた芸術を堪能できる。けれどその中を行く九十九にその美しさを堪能するだけの余裕はない。


「大丈夫だ」


 いま九十九の前方にはスーツを着た若い屈強な暴力団員の男。鋭い目つきで敷地内を警戒している。


 通り過ぎた。


 しかし若い暴力団員は何も言わない、止めない。怪しさの塊のような九十九が、自分の横を通り過ぎていくのをただ見過ごした。


「いける………」


 九十九の心臓はもうずっと極限まで稼働している。


 もうひとりの若い暴力団員の横も簡単に通り抜けて 臥龍岡ながおか びんの立派過ぎる自宅を目指して歩き続けていくという、あり得ないことが起こっていた。


 男たちのスーツの懐が不自然に盛り上がっている。


「拳銃………」


 バレたらあれを撃ち込まれるのだろうか?けれども男たちはその膨らみに手をかける素振りは無い。警戒するような顔で立っていながら目の前を通り過ぎていく九十九を見過ごしている。


 まるで魔法、九十九は笑う。


「盗んで盗んで盗みまくってやる」



 思えば何をしてもうまくいかない人生だった。


 最初の大きな転機は高校3年生のサッカー部の時だった。散歩をしている近所の爺さんが部室の裏で煙草の吸殻を見つけて学校に電話をしたことがきっかけだった。


 緊急の職員会議が開かれるほどの大騒ぎになったが、九十九は驚かなかった。煙草を吸っていたのはサッカー部のキャプテンでありエースストライカーである大久保 雄二だ。


 顧問が神妙な顔で部室の裏から煙草の吸い殻が発見された。そう聞かされた時に九十九は「そりゃ当然ばれるよな」と思った。


 大久保は部員たちの前で平然と煙草を吸っていたから。練習前に吸い、練習後にも吸っていた。吸い殻も最初は見つからないように隠していたが、だんだんと雑になっていった。


 九十九はむしろ喜んでいた。なぜならば大久保のことが大嫌いだから。偉そうでチャラくて自己中で、一番最悪なのは巨乳の女子マネージャーと付き合っていること。いちゃいちゃを見せつけられるたびに殺意を覚えた。


 何日か過ぎた後で顧問は、調査の結果九十九が煙草を吸っていた犯人だと言った。


 信じられなかった。


 なんでも部員に聞き取り調査をした結果、九十九が煙草を吸っているのを見たと複数の回答があったからだと言う。あまりの理不尽に怒る頭の片隅で、なぜこんなことが起きているのか?その理由には気が付いていた。


 大久保 雄二の親は国会議員。


 大久保 雄律という国土交通大臣を務めたほどの有力議員で、学校に多額の寄付をしていた。さらにサッカー部は学校創立以来初めて全国高校サッカー選手権への出場が決まっていた。


 九十九がどれだけ顧問や担任に「自分は煙草なんか吸っていない。吸っていたのは大久保 雄二だ」そう主張しても聞き入れられず処分が決定された。


 停学。


 サッカー部退部。


 結局九十九は学校を辞めた。停学が明けても学校へ行こうなどとは全く思えなかった。学校側は意図的に大久保 雄二を犯人にしなかったのだと確信していた。そしてそれからも最悪は続いた。


 サッカー部は準々決勝まで勝ち進み、大久保は1回戦でハットトリックをするなど大活躍で、地元の新聞、テレビにも大きく取り上げられて大いに盛り上がった。


 一方、九十九の人生は転がり落ちていく。


 なんとか入ることができた会社は健康食品を売る「げんげん元気大商会」という会社。ネット販売が売り上げのほとんどと聞いていたのに、実際は飛び込み営業で主に老人をターゲットに無理やりにでも売り付けるような会社だった。


 3時間で逃げた。それからも当然うまくいくはずも無く転落し続けた。仕事もせず彼女もいない、ただただ最悪な毎日の繰り返し。


 そんな時、臥龍岡ながおか びん死亡の報道を見た。


 今までは門の外側しか見たことが無かった自宅が、上空からの映像ではっきりと映されていていた。


 あまりにも立派な邸宅。まるで重要文化財のような日本建築で庭も広くきれいに整えられた壮観な映像だった。


 頭が沸騰するほどの怒り。


 なぜヤクザがこんなに良い家に住んでいるのか。自分がこれだけ苦しんでいるのに、何故悪人がのうのうと贅沢な暮らしをしているのか。何もかもが許せなかった。やってやろう、もうどうなったっていい、この糞な人生を変えてやろうと決意した。


 全てを奪ってやる。


 だからといってヤクザの組長の自宅に正面から突っ込むほど九十九は馬鹿ではない。彼の頭の中にはある程度の計算が合った。



「隠密」



 九十九には秘密があった。


 それはスキルを持っているということ。「隠密」という他人から認識されなくなるという魔法のような力を授かったということ。


 スキルを持っていて、その効力も分かっている。けれど今まで使ったことは無かった。それは「隠密」の効力がどのくらいの時間続くのか分からなかったから。一生誰にも認識されなくなるかもしれないことを恐れたから。


 もしかしたら自分の妄想なのかもしれない、スキルなんてあるはずがない。そう疑う気持ちが全くなかったわけではない。けれど実際に使ってみてその効力を確信した。


 震えるほどの興奮。


 誰も自分に目を向けない、自分は常識を超越した力を行使している。極度の緊張の中でその興奮は快感へと変わっていく。


 九十九はだんだんと楽しむ気持ちが湧いてきていた。


 物語の主人公になったような高揚感。自分は普通の人間とは違うんだ。ヤクザの汚い金を盗んで自分が使ってやる、どこか義賊のような気持ちすらもあった。


 九十九は考える。


 宝石は処分するルートが無いから駄目。この高そうな皿も仏像も駄目。持ってるだけで換金できなければ捕まるリスクだけが増えるだけで意味が無い。必要なのは現金、それだけ。


 いや違うーーー銃。どこかに銃は無いか。ヤクザならどこかに隠し持っていてもおかしくはない。万が一自分を守る必要があるときのために持っておいた方がいい。


 興奮しながらきょろきょろと室内を覗いたりしているが、九十九はまだなにも盗んではいない。できるだけ人気の少ない場所でやろうと思っていた。


 いくらなんでも目の前に人がいる中で家具の引き出しを開けたりはできない。「隠密」が完全でないことはわかっていた。


 人がいない方いない方、奥へ奥へと長い廊下を歩いていく。九十九が思う通りに人通りが少なくなってきてここら辺なら大丈夫そうだ、そう思って襖をあけて驚いた。


 真っ暗で巨大なモニターだけが光っていた。


 息が止まって動けなかった。そこは高校二年生の時に見たあの暗闇の空間にそっくりだった。


 違う。


 九十九はすぐに息を吸いこみ、それが勘違いであることを悟った。ここはあの空間ではない。


 そのモニターに映し出されていたのは魔法少女のアニメ。ポップな音楽と共にスタッフの名前が流れている。どうやらエンディングのようだ。ここはただの広い和室だ。


 ほっと息を吐いてこの部屋で盗みをしようと決めた。


 人はいないし、このアニメも物色する音を消してくれるのにちょうどいいと思った。とりあえずはこの部屋の家具の引き出しを全て調べてみよう。きっと札束が、拳銃が隠してあるはずだ。


 部屋に入って7歩目、足首がぐねって九十九はバランスを大きく崩した。足の裏に突然、柔らかな障害物が現れて、それを踏んづけてしまった。獲物を探しながら薄暗い室内を歩いていて足元が疎かになっていた。


 倒れる。


 景色がゆっくりと流れていく。駄目だ、大きな音を立てるな。ばれる、ヤクザにばれる。ヤクザにばれてボコボコにされて殺されてコンクリート詰めにされて海に捨てられる。


「隠密」は絶対的なものではない。大きな刺激があればスキルはたちまち解けて自分の存在は周囲に知れ渡ってしまうのだ。


 しかし背中の強烈な痛みと共にダンッ!という大きな音が出た。



 九十九の目の前。


 鼻先ほんの数センチ先。



 桃色髪の少女の顔があった。




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