表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

或る剣士の一生

作者: てこ/ひかり
掲載日:2022/04/27

 世に名を轟かす剣豪がいた。


 若く、野心もあり、筋がいい。

 剣の道を極めんと、全国津々浦々、西に最強を謳う剣士がいれば決闘に行き、東に勢いのある流派が起きれば早速道場破りに行った。少しでも強くなろうと、日々の鍛錬はもちろんのこと、蘭学なども積極的に取り入れる勤勉ぶりであった。


 ある日のことである。


「たとえ世界一の剣豪であっても、此れは斬れますまい」


 そういって異人から差し出されたのは、軽く、小さな金属の塊であった。試しに男が刀を抜いてみたところ、確かに硬いのは硬いが、まるで刃が立たぬと言うほどでもない。むしろ刀の勢いと重みで形がひしゃげてしまい、それで斬るというところまで行かないのだった。


「面白い」


 鉄の塊を前に、男は武者震いした。此れを斬るには、強さだけではなく、柔らかさ、しなやかさが要る。この塊を斬れるようになった暁には、自分は剣士として、さらに上の境地へと辿り着くに違いない。それで男は、早速修行を始めた。


 剣の道は生涯を捧げるに相応しい。男はそう信じていたし、向上心を欠かさなかった。毎日朝日が昇る前には起き出し、滝に打たれ、断崖絶壁を素手で昇り、熊と格闘したりした。生傷も絶えなかったが、これも剣の腕を上げるため。日が落ちるまで素振りを繰り返し、気絶するように眠る。再び里に戻る頃には、何十年もの月日が経っていた。


 男は人を集め、例の金属の塊を用意させた。群衆の前で、彼は自信満々に叫んだ。


「数十年間、山に篭り、血の滲むような鍛錬を積み上げてきた。本日はその腕前、とくとご覧に入れよう」


 そういって男は刀を上段に構えると、

「キェェェェェエエエッイッ!!!」

 と絶叫し、一刀両断、目の前の塊を真っ二つにした。周囲からどよめきと歓声が沸き起こった。男は刀を鞘に収め、

やった……!

 達成感に包まれていた。とうとうやってのけた。数十年前、まだ未熟だった頃、斬ることのできなかったあの塊を、こうして斬ってのけたのだ。


 世界広しと云えども、此れを斬れるのは、俺しかいまい。


 思えば険しい道のりだった。修行中、何度命を落としかけたことか。雨露をしのぐ屋根もなく、野ざらしのまま熱病に侵された日もあった。野盗に襲われ、数十人と大立ち回りしたこともあった。何人もの辻斬りと対峙し、時代の寵愛を受けた剣豪たちと、幾度となく剣を交わし……そして、ようやく。


 気がつくと、男は泣いていた。

 今やすっかり髪は抜け落ち、皮膚は皺だらけになっていたが、それでも彼は、生涯をかけて己の腕を磨き、そして斬ったのだ。


 そして胸の奥から湧き上がってきたのは、感謝だった。

ここまで己を育ててくれた剣への、圧倒的な感謝の情。

これがおれの人生……剣に捧げた一生。後悔はない。彼は天を仰いだ。青々と広がる空も、彼を祝福しているような気がした。


「おめでとう、おじいちゃん!」


 実演を見ていた近所の子供達が、放心していた男の足元にまとわり付いてきた。


「おめでとう!」

「おじいちゃん、みかん食べる?」


 子供達は缶切りで、男が斬ったのと同じ金属の塊をいとも容易く空け、中からみかんを取り出して彼に差し出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 剣豪は何を思うのか…。 道具の進歩というのはめざましいですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ