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7話 全てを見通す目

 その日の放課後、泉水は綾瀬と街の郊外へ出掛けることになっていた。

 遊びではない。泉水がなぜ魔物に狙われるのか、その謎を解き明かしに行く。

 綾瀬が言うには退魔師として鍛えてくれた師匠なら分かるはずだと。


「綾瀬さんの師匠が何か知っているといいんだけど。僕には心当たりがないから」

「大丈夫。師匠は甘いものに弱いわ。この秘密兵器があればすんなり教えてくれるはずよ……!」


 膝の上に乗せたケーキが入った箱を見つめながら、綾瀬は不敵に微笑んだ。

 人となりを知っている彼女がそう言うのだから正しいのだろう。泉水は地下鉄に揺られながら思った。


「師匠は何でも知ってるの。きっと私達が向かってることも筒抜けよ……」

「綾瀬さんの師匠って何者なの……」


 駅を降りて辿り着いたのは一件の洋館だった。広大な敷地に眩暈さえ覚える。

 入り口には門があって広い庭が続き、奥に家が見える。泉水は自分が場違いなのではないかという気さえした。

 ところが綾瀬は物怖じもせずにインターホンを鳴らす。


「……どなたかな?」


 聞こえてきたのは幼い少女の声だ。

 だが口調はどこか大人びていて年齢を推測できない。


「綾瀬です。師匠、どうせ知っていたんでしょう?」


 インターホンの向こう側でくすくす笑う声が聞こえた。


「そうだね。君たちが来るのは分かっていたよ。さぁ入ってきたまえ」


 ぶつっとインターホンが切れると二人は門を潜って庭へと進んだ。

 家の前には少女が一人、扉を開けて待っていた。

 服装はいわゆるゴスロリで薄紫色の髪を腰まで伸ばしている。


「いらっしゃい。君が泉水くんだね? 私は冥道(みょうどう)くらら。さつきの師匠だよ」

「あ……あなたが……綾瀬さんの師匠……!?」


 泉水は師匠というからには相応の年齢なのだろうと勝手に想像していた。

 だが目の前にいるのはどう見たって年端もいかない少女だ。


「驚くのも無理はないね。けれど、これでも私は結構長生きなのだよ。泉水くん」

「あ……あの……初対面なのになぜ僕の名前まで……!」

「さてね……なぜだろうね」


 ふっと顔を綻ばせると泉水の顔をじっと覗く。反応を窺っているのだ。

 どう答えればいいのだろうか。ぼんやり考えていると綾瀬が見つめ合う二人の間に割って入る。


「師匠、意地悪はやめてくださいっ。遊びにきたわけじゃありませんから!」

「……ふふっ、それもそうだね。立ち話もなんだから部屋で話をしよう」


 リビングまで案内されると着席を促されて椅子に座る。

 家の中はアンティーク調になっておりカーペットひとつとっても高そうだ。

 冥道もまた椅子に座ると、カップに人数分の紅茶を注いでいく。

 淹れたての紅茶はほんのり湯気が立ち昇り温かい。まるで来客が分かっていたかのような準備のよさだ。


「それにしてもどういうことかな。もう一人前の君が引退した私を頼るなんて」

「その前に師匠、これをどうぞ……心ばかりのものですが……」


 綾瀬は何かの儀式めいた様子でケーキの入った箱をすすっと机に置いた。

 大鳳市で人気の洋菓子店、エクレールのケーキだ。冥道はその店のショートケーキがお気に入り。

 これがあるとないとで機嫌が百八十度違うらしく話をスムーズに進める必須アイテムなのだ。


「ふむ……やはり君はわかっているね。まったく優秀な弟子だよ」

「師匠のことです。きっとそれも知っていたんでしょう?」


 冥道は微笑むだけだ。全てはその手元に置かれていたフォークが物語っている。

 部屋に入ってフォークを用意する時間などなかった。三人は同じタイミングで座り、冥道は人数分の紅茶を淹れた。

 綾瀬がケーキを買ってくることを事前に知っていなければ不可能な芸当だ。なるほど謎めいている。


「さて……君達が知りたいのは『鍵』についてだね?」


 ショートケーキを半分まで食べて、冥道はようやくそんなことを口にした。

 苺はまだ残してある。一番好きなものは最後に食べたいタイプなのだ。


「泉水くんは魔物に狙われています。きっとその理由に関係があると思うんです」

「私が知るかぎり『鍵』というのは、魔物を封印した退魔師に使われる言葉だ。今はもう使わない手法だけどね」


 封印。ただ倒す以外にもそんな手段もあるらしい。退魔師というのは奥が深い。

 だが泉水は退魔師ではない。そんな存在がいると知ったのもごく最近のことだ。


「封印にはそれを施した退魔師が死んでも、効力を持続させる仕組みがある。方法は簡単でね、子孫に『鍵』の役割を託すんだよ。これは自動的で長子が受け継ぐ決まりだ」

「ということは……泉水くんのご先祖様に退魔師がいたということですか?」

「そうなるね。封印は本来、退魔師の家系が代々管理するものなのだけどね」


 紅茶を一口飲んで、冥道はカップを机に置く。

 泉水にはたとえ遠い先祖の話だとしても信じられない話だった。

 父と母、どちらの家系か知らないが子孫の泉水はただの一般人なのだから。


「この大鳳市にも封印された魔物がいる。『鍵』である退魔師の家系は時代を経て追えなくなっていたけれどね」


 冥道が言うには、魔物を封印したはいいが鍵の血筋が途絶えて封印が解けてしまった例は多いそうだ。

 しかし封印が維持されていながら鍵の行方が分からない例は少ない。冥道が知るかぎりでは大鳳市に封じられた魔物だけだという。


「泉水くん、君はこの土地に封じられた魔物の『鍵』である可能性が高い」

「魔物たちはその封印を解くために、泉水くんを狙っていたってことですか……!?」

「問題は誰が指示しているかだよ。知能の高い魔物の仕業か、はたまた……」


 冥道はそう言いながら最後に残った苺をすっかり食べてしまう。

 自分が狙われる理由は分かったが、まだ解決というわけにはいかなさそうだ。

 首謀者を突き止めないかぎり、魔物たちは泉水を襲い続けるだろう。


「こちらも監視の目を強化しておく。さつき、君も気をつけたまえ」

「分かりました。泉水くんは私が守り抜きます」

「敵はまだ謎に包まれている。くれぐれも油断してはならないよ」


 そう冥道は注意してこの場はお開きになった。

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