表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/43

6話 灼熱の魔物

 母親の洋子は玄関に見慣れない靴が並んでいることに気づいた。

 いつも家にやって来る男友達のスニーカーではない。ローファーがきちんと揃えて置いてある。


「ただいま。勇樹、友達が来ているの?」

「おかえり……綾瀬さんが来てるんだよ」


 泉水はティーセットを乗せたトレイを持ったまま平静を装って言った。

 女の子の友達を家に連れてくるのは泉水もはじめてだ。

 非日常に飢えているのか母親は物見高い一面がある。茶化されるのは嫌だ。


「あら、そうなの。せっかくだし一緒にお夕飯食べないか誘ってみたら?」


 だがそれは杞憂に終わったようだ。

 お礼というわけではないがいつも助けられてばかりいる。良い案かもしれない。

 さっそく部屋に戻ると綾瀬は鞄を置いてちょこんと座っていた。


「綾瀬さん、今日はうちで晩ご飯食べない?母さんが言ってるんだ」

「え……い、いいの……!?」


 なんだか重大な出来事が起こったかのような反応だった。

 綾瀬はフリーズしていたかと思うと突然立ち上がり、決心した様子で言った。


「……嬉しい。なら私も料理をお手伝いしないとね!」

「え……いやぁ、それは悪いよ。いつも助けてもらってばかりだし……」

「いいの。なんだか私の気が収まらなくって……」


 そうして、綾瀬はなんだかんだと晩ご飯の料理を手伝うことになった。

 二人はきゃいきゃい楽し気に会話しながらクッキングの最中だ。

 料理の心得がない泉水は部屋に取り残される始末である。


「さつきちゃん料理に慣れてるわね~。勇樹も見習えばいいのに」

「ありがとうございますっ。これでも毎日自分で料理してますから!」


 仲が深まったのか母親は綾瀬を名前で呼んでいる。

 やがて完成した料理がテーブルに並んだ。唐揚げだ。

 父親は残業で帰ってくるのが遅くなるらしいので先に三人で食べることになる。


「……美味しい!」


 何もせず食べているだけなのだから感想のひとつでも言わなければなるまい。

 ただ、泉水は語彙が貧困だった。「美味しい」か「美味しくない……」しか言えないのだ。

 それでも綾瀬は泉水が食べる姿をニコニコ見ていたので、それで十分なのかもしれない。


「あら。もう帰ってしまうの、さつきちゃん。もっとゆっくりしていいのよ」

「晩ご飯ごちそうさまでした。お母様、また来てもいいですか?」

「いつでも遊びに来て。勇樹もきっと喜ぶわ。そうよね」

「もちろんだよ。僕は綾瀬さんを外まで送ってくるよ」


 そう言って自然な流れで外へ出る。きっと両親は魔物のことをよく知らない。

 話したところで実際に遭遇していない以上、すぐ信じてくれるかどうか。

 それに狙われているのは自分だ。家にいたら母にまで被害が及ぶかもしれない。それは避けたい。


「……じゃあ魔物探しを再開しよっか」


 綾瀬もその意図を汲んでくれたらしく、何も言わず導きの振り子を垂らす。

 夜は魔物の好きな時間帯だと前に聞いた。今度こそ反応があるかもしれない。

 すると振り子が動く。円を描いたかと思うと、ピンと張って前方を示した。


「泉水くん、注意してね。急に現れるかもしれないから」


 警戒を促して慎重に振り子の示す方向へと進む。

 そして辿り着いたのが近所の公園だった。ブランコが独りでに揺れて空虚な音を鳴らしている。

 何か、ただならぬ気配を感じる。張り詰めた空気といえばいいか。素人にでも分かる。何かが異様だ。


「来る……!」


 綾瀬が呟くのと同時に揺れていたブランコが静かに止まる。

 途端にエネルギーのようなものが空間に溢れたかと思うと、それは何かの身体を形成していく。

 赤土色の筋肉質な肉体。前腕にくっついた砲身のような部位。目は鋭くて三日月のように細い。

 泉水は魔物が出現する過程を目の当たりにしたのだ。


「う~……う~……燃やす。燃やすぅ……!」


 綾瀬も見たことがない魔物だった。

 魔物というのは概して名前とか個というものに執着がない。

 人間の住むこの世界にやってきてようやく自分というものを意識しはじめる。

 だから魔物の名前というのは全て人間側が勝手につけるコードネームなのだ。


「命名するならウコバクってところね。炎に関係がありそうだから」


 その由来は、地獄の釜の炎が絶えないよう油を注ぐ役目をもつ悪魔の名だ。

 灼熱した身体で現れるそうだが、本当にそんな能力があるかは不明である。


「燃やすぅぅぅ!!」


 ウコバクが腕を突き出すと、砲身のような部位から勢いよく火炎が放射された。

 綾瀬は抜け目なく準備していた紋様が描かれた札を投げる。それは見えない障壁を展開して炎を遮断する。

 以前、切り裂き魔に襲われた時にも使っていたものだ。


「これも魔導具なの……!?」

「結界札よ。見ての通り攻撃を防ぐのに使うわ」


 だが炎は激しさを増してこっちにまで熱が届いている。長くはもちそうにない。

 すかさず綾瀬が手をかざすと地面に青白い魔法陣が現れた。姿を現したのは青い鎧の騎士。


「ペイルライダー、ちゃちゃっと片付けてしまいましょう」

「退魔師……燃やす。俺……命令通り『鍵』を手に入れる」


 綾瀬の召喚する魔物、青き騎士ペイルライダーにはもう二度も守られている。

 その強さは泉水だって理解している。ペイルライダーがいればもう安心だ。

 ウコバクの火炎放射を躱しながら肉薄して手甲剣を振り下ろす。


「うぼぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 奇声とともにウコバクの全身が燃え上がった。

 ペイルライダーはたまらず手を引っ込めて後方へ跳躍する。


「灼熱した姿で現れる。まさしく名前通りね……!」


 綾瀬もまさか由来通りのことができるとは思ってなかった。

 これでは手甲剣で戦うのは難しい。火の中に手を突っ込む者はいないだろう。

 だがペイルライダーの攻撃手段は他にもある。腕を突き出すと、手甲剣を収納している手首から何かが飛んだ。

 それはクナイのような形状の刃だった。ペイルライダーは刃渡りの短い刃を弾丸さながらの速度で発射したのだ。


「う……うご……やめろ……!」


 クナイ型の刃が燃え盛るウコバクの身体に突き刺さる。

 ペイルライダーは刃を断続的に撃ち続けた。刃は余すことなく次々と着弾する。

 全身を覆っていた炎が徐々にしぼみ、鎮火とともにウコバクは地面に倒れた。そして光の粒となって消滅していく。


「退治完了ね。お疲れ様、ペイルライダー」


 魔法陣が浮かんでペイルライダーの姿が瞬時に消える。

 やはり強い。泉水は家が火事になる心配が消えたことで胸を撫でおろす。


「よかった……これで今日は安心して眠れるよ」

「そうね……けれど『鍵』っていうのはどういう意味なのかな……」


 綾瀬は顎に手をあてて思案するも思い当たる節がない。

 それでもきっと重要なてがかりのはずだと確信していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ