5話 揺れない振り子
朝、学校に登校した泉水を待っていたのは古新聞の束だった。
ばさっと無造作に机の上に置かれたそれを手に取って広げてみる。
理藤が持ってきてくれた大鳳新聞だ。流し読みしたかぎりでは普通の新聞とそう変わらない記事ばかりだ。
「そんなもんでいいか? 魔物の記事ならもっとこっちだな」
理藤は新聞をパラパラ捲って端に描かれた記事を指差した。
記事の見出しには人食い事件解決か、と書かれている。
はらわたを食いちぎられた死体が見つかる事件を、退魔師が魔物の仕業だと特定し、無事に退治したとある。
「二人とも何を読んでるの?」
二人して新聞を広げているのが気になったのか、綾瀬が話しかけてきた。
後ろから顔を乗り出して人食い事件の記事を読む。
「あ。それ私が解決したやつだ。記事になってるんだね」
「……これを綾瀬さんが? 凄いなぁ……」
「そうだよ。私も退魔師としてはちょっとしたものなんだよ」
感嘆する泉水をくすくす笑うと、冗談めかして言う。
事実として綾瀬にはもう二度も助けられているから冗談でも真に受けてしまう。
「……そういえば泉水くん、ぼや騒ぎの記事には気づいた? 原因不明で何度も起こってるみたいなの」
泉水は持っていた新聞から記事を探した。他の新聞も机に広げる。
たしかにここ数日間にぼや騒ぎが頻繁に起こっているようだ。死人はいない。空き家やホテルなど場所もバラバラだ。
「私は最近その事件が気になってるの。もしかしたら魔物の仕業かもしれない」
綾瀬は両腕を緩く組んで視線を泉水に移す。
どうやら、綾瀬は泉水に何か気づいてほしいらしい。
「分からないかな。日を追うごとに近づいてるんだよ。泉水くんの住所に」
痺れを切らした綾瀬の言葉で泉水はようやく理解できた。
そして先日、クレイゴーレムに襲われた時に言われたことを思い出す。
泉水はなぜか魔物に狙われているのだ。もしかしたら今度は自分の家が火事になるかもしれない。
「……そこで相談なんだけど。泉水くん、今日は一緒に帰らない?」
時刻は進み、放課後の校門。部活を終えた生徒たちが三々五々に散っていく。
ある者は家に帰るだろうし、またある者は友達と街へ繰り出すだろう。
その中には泉水と綾瀬も含まれている。
「……そういえば、予備校には行かなくていいの?」
「うん。魔物に狙われている状況だし家で大人しくしておこうと思って」
一緒に登校することはよくあるが、二人で帰るのは初めてだった。
綾瀬は美術部なので本来は帰る時間が違う。だから校門で待ち合わせした。
なんでもないことなのに泉水はなんだか照れくさかった。
家の近くまで歩くと、綾瀬は鞄から何かを取り出す。鎖に繋がれた振り子だ。振り子と逆の先端は指輪状になっている。
「綾瀬さん、それは?」
「魔導具だよ。退魔師の仕事道具って言えばいいかな」
指にはめると鎖がちゃらんと重力に従って垂れる。
「これは導きの振り子と言って、魔物を探す時に使うの。魔物の魔力波形を探知して、魔物がいる方向を示してくれるんだよ」
専門用語が混じっていてよく分からないが魔物を探す時に使う道具らしい。
なるほど、と泉水は思った。この道具があれば火事を起こす魔物も見つけられるかもしれない。
「有効距離が百メートルくらいだから、歩き回って探すことになるけどね。一緒にいた方が安全だし泉水くんにも付き合ってもらおうかな」
守ってもらっている身分だ。いったい何の問題があるだろうか。
そんなわけで家の周辺を歩き回って探してみたが、振り子には何の反応もない。
「うーん。やっぱり夜じゃないからかなぁ。無反応だね」
「……逆に言えば今は安全ってことなんだね」
「夜に出直すよ。そうだ、よかったら夜になるまで泉水くんの家にいていい?」
一緒に帰るだけでなく家にまで。変な方向に話が進んでいる気がした。
でも家が魔物に襲われる可能性を考えれば、綾瀬が一緒にいるのは心強い。
綾瀬はいつもそうなのだ。心を読んだみたいに自然と人を助けることができる、心優しい人物だった。
母親には自分が親切にしなさいと言われたが、やはり助けられてばかりだ。
「うん。綾瀬さんがいてくれると魔物が来ても安心だよ」
「まっかせて。泉水くんは私がしっかり守るからね!」
そうして護衛も兼ねて泉水のマンションへと向かう。
自分の部屋へと案内すると、綾瀬は興味深々という感じで見渡した。
「へぇ~。泉水くんの部屋ってこんな感じなんだ。なるほどねぇ~……」
何がなるほどなのだろうか、と不安になった。
もしかして掃除が行き届いていなかっただろうか。整理整頓もしている。
他人を招けないような汚い部屋ではないはずだ。心の中で何度か再確認して問題ないと結論する。
「何か飲み物でもとってくるよ。紅茶でいいかな?」
「泉水くんも紅茶飲むんだ。じゃあ私も紅茶がいいな」
家族は全員紅茶党なので何も考えずに聞いたが、綾瀬も飲むようでよかった。
台所まで行くとティーポットにお湯とティーバッグを入れて蓋をする。
あとはカップ、角砂糖にミルクを用意してトレイに乗せたら準備完了だ。
そしていざ部屋まで運ぼうとすると、家のドアが開く音がした。どうやら母親が帰ってきたらしい。