43話 エピローグ
ぼんやりとした感覚を頼りに、泉水は夜の表通りを歩いていた。
魔力探知の有効範囲は約五十メートル。その中に入れば正確な位置が分かる。
泉水は早歩きで、人と人の間を縫うように道を進む。
「勇樹、もっと急ぐべきではなくて? 取り逃がしていいんですの?」
脳内に響く声が泉水の足を速めた。
それは泉水とて分かっている。ここ数日、ずっと調査が空振りだ。
いい加減に魔物を退治しなければ被害は増える一方である。
「分かってる……今日には決着をつけるつもりだよ」
「だといいんですけれどね。私の出番はあるのかしら」
ふふっと脳内に響く声が笑う。泉水のその発言をもう毎日聞いている。
魔力探知が告げる感覚を頼りに走っていると、感覚がふっと消える。
逃げられた。泉水は足を止めて途方に暮れてしまった。
「あぁ……今日も駄目だったか……」
「そういうわけでも無さそうでしてよ。ご覧なさい」
泉水の視界の端から黒猫が裏路地から走ってきた。
よく見れば額に奇妙な紋様が刻まれたシールが貼られている。
黒猫は泉水の足に擦り寄ってごろごろと喉を鳴らした。
「やった。クロが拠点を見つけたみたいだ……!」
黒猫はとととっと泉水を導くように歩き始めた。
額に貼られているのは魔導具、使い魔シール。
これを動物に貼りつけると色々な命令を聞いてくれるようになる。
なお効力の持続時間は込めた魔力量によって変わる。
「これでようやくカーバンクルの居場所が分かるんですのね」
「そうだね。君の出番もあるかもしれない」
「嬉しい報告ですわ。待ち遠しいですわね」
黒猫に従い到着したのは無人の雑居ビルだった。魔物の魔力を感じる。
ここで間違いない。黒猫の額に貼っているシールを剥がす。
黒猫は目が覚めたように顔を左右に振って立ち去っていく。
「グルルルル……誰だ。人間の匂いがしやがる」
真っ暗闇の雑居ビルに入ると、まず聞こえてきたのはそんな声だった。
凶暴な唸り声とともに巨大な人影が部屋の中で動く。
「見つけたぞ、カーバンクル。奪ったものはここに隠してあるのか」
「あん? お前ら俺をそんな名前で呼んでるのか……箔がついたぜ」
人影は二足歩行の巨大な猫科動物めいた姿をしていた。
額にあるのは真紅の宝石。手にもネックレスをじゃらじゃらと握っている。
きっと今日、人間から奪った戦利品であるのは容易に想像がつく。
「二週間前、宝石店を襲ったのは君だね。監視カメラにしっかりと映っていたよ」
「だからどうした。人間に俺は止められない。お前らには勿体ないからなぁ……」
じゃらっと手に宝石や指輪を握り、ひょいひょいと宙に投げて掴む。
カーバンクルは愛おしそうにそれらに頬ずりをした。
「綺麗なものは全部俺のもんだ。邪魔するってんなら命はないぜ」
「強欲な魔物だ……ここ最近、一般人を襲ってネックレスやイヤリングといった装飾品を奪っていたのも君だな」
幸いというべきか、所持品を奪われただけで死者は出ていない。
魔物が起こす被害の中では比較的マシな部類とも言える。
手に入れた宝物を床に置くと、カーバンクルは表情を険しくする。
「なんだよ、俺と戦う気か。ひ弱そうなガキが……ぶっ殺してやる!」
カーバンクルが臨戦態勢に入ると同時に、泉水は手をかざした。
すると足下に魔法陣が浮かび、中から契約した魔物が現れる。
それは雪のように真っ白な身体と杖を持った、女性的な姿をしていた。
冷気を纏って現れたその魔物は華麗に降り立つ。
「召喚……ブランシュネージュ」
「ま、まさか……お前は……!?」
白雪姫。それが泉水と契約した魔物の名。
カーバンクルはブランシュネージュが現れてようやく事態を察した。
だがもう遅い。逃げることもできずに挑みかかる。
「くそがぁっ! やってやる!!」
鋭利な爪を伸ばして飛びかかる。
ブランシュネージュが杖を振るうと、吹雪が荒れ狂った。
その雪の一粒は触れた存在を容赦なく凍結させる力がある。
十秒待たずに氷像と化したカーバンクルを、杖で叩き砕く。
氷像は跡形も無く粉々に砕け散って、白雪姫は恍惚の表情を浮かべる。
「あなた、綺麗でしてよ。この瞬間が見たくて私は戦うのかもしれない」
「あの……ブランシュネージュ。魔物を倒すのはいいんだけど」
「どうされました? 何か問題でも……?」
泉水は床の氷漬けになった宝石や装飾品を摘まみ取る。
これらはすべてカーバンクルの被害者に返さなければいけないものだ。
氷漬けになるのはもちろん、粉々に砕いてしまうのは駄目なのだ。
「あ、あら……やりすぎてしまいましたか。ごめんあそばせ」
「どうすればいいのかなこれ……」
「そ、その~。時間が経てば自然に溶けますわ。しょせん氷ですから」
ブランシュネージュの能力はただ氷や低温を操るだけではない。
さっきカーバンクルにやったように凍結した対象の強度をも下げる効力もある。
「……こんな時期だしストーブの前にでも置いとけばいいかな……」
「それがいいですわ。さすがは勇樹、名案ですわね。ではごきげんよう」
泉水が召喚を解除すると、ブランシュネージュの足元に魔法陣が浮かぶ。
その姿が消失すると泉水は無言で冷凍された宝石類を集め始めた。
若干支障こそ生じたが問題ない。これで任務完了である。
泉水勇樹はしがない新人の退魔師だ。
彼の住む大鳳市は時空が歪みやすく、人間でないものがたびたび現れる。
人ならざるものを人間たちは魔物と呼び、魔物を退治するのが退魔師の仕事。
退魔師たちは魔物と契約することで魔物と戦い、魔をもって魔を滅する。
魔物と戦う唯一の手段たるこの召喚術を魔呼びの術と言う。
その存在を知る、街の外の人間は彼らをこう呼んだ。
――『まよびの退魔師』と。




