表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/43

41話 刹那の出来事

 八月十三日がやってきた。夜の落日山の山頂に全員集まり、決戦の時を待つ。

 トリスタンと戦うのは冥道、綾瀬、遠野、真央、甲斐の五名。

 戦えない泉水、黒須、雷花は若葉と一緒に後方で待機する。


「五対一か。確実に勝つためとはいえ、全然フェアじゃないな」


 アルカンシェルを召喚して待機する甲斐はそう話していた。

 退魔師ではないが戦いの協力を頼むとこころよく引き受けてくれた。

 彼はトリスタンとの戦いにおいて幻を見せる能力で撹乱を担当する。


「魔力量で大きく負けていますからね。頭数を揃えないと勝てません」


 真央の役割は後方からの援護射撃だ。

 ザミエルの弾道操作があれば味方に誤射することもない。


「アストライアと戦いってんなら好きに戦わせてやりゃいいと言いたいが……そういうわけにもいかねぇよな」


 遠野が魔力探知を活かして周囲を警戒する。

 その役割は近接戦闘。トリスタンと直接戦う重要なポジション。


「契約者の女の子も助けないといけないですからね。頑張りましょう!」


 綾瀬は召喚したペイルライダーと一緒に意気込む。

 その役割は同じく近接戦闘。二人がかりで抑え込む作戦だ。


「みんな、やる気は十分だね。そろそろ来るようだよ」


 冥道が手に持った遠見の水晶で刹那の接近を察知する。

 隣にはドレスを纏った細身の魔物、ペルセフォネが立っている。

 役割は空間転移による防御と全体のサポートだ。盤石の布陣である。


「……悪くない。私は……悪くない。どうなっても……知らないから」


 呟きながら山頂に現れた刹那の眼前に、ひとりでに赤い魔法陣が浮かぶ。

 魔法陣から召喚されたのは純白の鎧を纏った白騎士トリスタン。


「変わった魔法陣だね。魔物の意思で自由に現れられる契約になっているようだ」


 膨大な魔力を纏うトリスタンを一目見て冥道は言った。

 契約者である刹那の魔力量は数値化すれば五千ぐらいだろう。

 それだけに強敵だ。冥道も覚悟して挑まなければならない。


「人数がいれば勝てると思ったのか。別に構わんが……雑魚のやり方だな」


 トリスタンの呟きを無視して甲斐はアルカンシェルに魔力を送る。

 そして幻を見せる能力が発動した。トリスタンの視界から敵の姿が消えていく。


「ほう。面白い手品だね。次は何を見せてくれるんだ?」


 作戦通りガルーダとペイルライダーが前衛として攻勢を仕掛ける。

 左側からガルーダの蹴りが。右側からペイルライダーの手甲剣が襲う。

 さらに背後からザミエルの魔力の弾丸が迫っていた。必ずどれかの攻撃が命中するはず。


 だがトリスタンは独楽のように回転して、自身を中心に竜巻を発生させる。

 猛烈な勢いの風が見えない蹴りを、手甲剣を、弾丸を弾き飛ばす。

 ガルーダとペイルライダーは後方へ吹き飛ばされて着地した。

 竜巻は『旋風円舞(せんぷうえんぶ)』というトリスタンの技だ。


「くだらない小細工は通じない。空気の流れや殺気でだいたい分かるよ」


 双剣を連結させ弓に変形。上空へ魔力の矢を発射する。

 それは空中で分裂すると矢の雨となって周囲に降り注ぐ。

 無差別な広範囲攻撃ではない。一発一発が強力かつ正確無比に全員を狙う。


「くっ……いきなり魔力を大量に消費しそうだね、これは」


 結界札では防げない威力。

 冥道のペルセフォネが空間を捻じ曲げて矢の雨を防御する。

 そこで甲斐は策を仕掛けた。攻撃を食らって幻が解除されたように見せかける。

 ペイルライダーたちの姿が露になった幻を見せるのだ。


 本命は姿が消えたまま空間転移で背後に移動したガルーダのハイキック。

 放たれた蹴りは命中しなかった。トリスタンは片腕で蹴りを掴み取ると、ガルーダに手刀を叩き込む。脇腹に命中したそれは、刃物のように腹部を割り光の粒が激しく飛散した。


「まず一人」


 次にアルカンシェルの位置にアタリをつけ、魔力の矢を発射する。

 カバーに入ったペルセフォネが空間を捻じ曲げて防御するが、同時にトリスタンは空中へ飛び出していた。

 上空から急降下して、アルカンシェルに踵落とし、手刀、拳を叩き込む。

 膨大な魔力にものを言わせた必殺の三撃が命中しその場に倒れた。


「これで二人」


 ガルーダとアルカンシェルの召喚が解除される。

 二人が戦闘不能に陥り、残されたのは綾瀬、真央、冥道の三人。

 幻が解けてなおペイルライダーは果敢に突撃し、トリスタンに接近戦を仕掛ける。まるで空を舞う蝶のように躱され、両腕の手甲剣は空を切る。


「ペイルライダー、強さに磨きがかかったな。孤高の殺戮者だったお前も美しいが、今のお前も美しいと思うよ」


 トリスタンはバックステップで逃げながらノールックで魔力の矢を発射。

 狙いは真央だ。ペルセフォネが空間を捻じ曲げて防御するが、冥道が倒れた。


「師匠っ! 無理のしすぎです……!」


 泉水が叫びながら駆け寄って倒れた冥道を支える。

 高齢ゆえに冥道は魔力の消耗による疲労に耐えられない。

 ペルセフォネの空間操作は魔力を大量に消費する。それを連発し過ぎた。

 冥道にはアストライアを宇宙に返す役目もある以上、戦闘の続行は難しい。


「三人目だな。残り二人……どうする?」


 ペイルライダーの連続攻撃を避けながら、トリスタンは問うた。

 綾瀬と真央の二人で勝てない相手なのは前回の戦いで実証済みだ。


「トリスタン、アストライアは爆発して周囲に被害をもたらす魔物だ。そんな奴と戦ってどうする。それで満足なのか?」


 弓を分割して双剣に変えて手甲剣を受け流していく。

 援護射撃の魔力の弾丸を防ぎつつ、ペイルライダーの猛攻も軽くいなす。


「満足さ。私のライバル足り得るのはお前だけだ。だがそんなお前でさえ実力には開きがある」


 繰り出された手甲剣を避け、カウンターで鳩尾に蹴りを叩き込む。

 後方へ吹っ飛んでペイルライダーは片膝をついた。傷は深い。

 蹴りを受けた箇所の装甲が大きく陥没している。


「私を満たすのは強者との戦いのみ。アビスとかいう魔物と戦うのも面白いと思ったが……そいつは倒されたそうだしな。だったら星の魔物にでも挑むしかないさ。それとも……お前が満足させてくれるのか?」


 双剣を構えて一歩、また一歩とペイルライダーに近づく。

 とどめを刺すために。刹那は諦念を込めて綾瀬と真央にこう言った。


「もう戦うのは止めて。トリスタンだって今なら許してくれるわ……そうよね?」

「別に私は構わないよ。弱者の命には興味がない……許しを乞うなら今のうちだ」


 それでも綾瀬と真央はまだ諦めていない。

 真央はザミエルを変形させ、対物ライフルへと形状を変える。


「空島さん、私はあなたと約束しました。必ず助けてみせると……!」

「そんな……そんなの。気にしなくていい。あなたが傷ついたら意味ないよ!」

「安心してください。絶対に勝ちます。なぜなら私たちは……退魔師ですから」


 魔力の充填を開始する。放つのは極大収束魔導砲。

 絶大な威力をもつかわりに魔力のほとんどを消耗する諸刃の剣。

 これ以外にトリスタンを倒す方法はないと真央は判断したのだ。


「甘いね。素直に食らうとでも。いくらでも防げるよ、そんなもの」


 真央が充填を開始すると同時にペイルライダーが動いた。両手の手甲剣を振るいトリスタンに肉薄する。しかし戦いはどこまでも弱者に無慈悲だ。手甲剣は当たることなく躱され、剣がペイルライダーの脇腹に食い込んだ。


「ぐっ……!」

「これで我がライバルともお別れだ。とどめの一撃を……」


 脇腹から剣を引き抜こうとした時、ペイルライダーがその腕を掴む。

 そして手甲剣を振り下ろして肩を切り裂いた。肉を切らせて骨を断つ。

 魔力量でも技量でも負けているなら、これしか勝つ道筋はない。


「……お前を倒すにはこれしかないと思っていた。この捨て身の攻撃しか……!」

「馬鹿なことを……! 亡者かお前は!? 離せ! 離せ!! 離せっ!!!」


 トリスタンの片手にはもう一本の剣が残っている。

 その剣でペイルライダーを滅多切りにするが、腕を離さない。

 お互いの身体から漏れる光の粒が大気に溶けていく中で、青騎士は呟いた。


「一緒に死ね……!」


 執念から吐き出された言葉はまさに死神の宣告。死の足音が聴こえた気がした。

 トリスタンは戦いではじめて死を意識したのだ。その恐怖が白騎士を震わせる。

 充填が完了すると、真央は迷いなくトリガーを引き、光の奔流が二人に迫る。


 それは命中する刹那の出来事だった。

 トリスタンの動きを止めていたペイルライダーの姿が突然消える。

 空間転移だ。防御の暇もなく極大収束魔導砲はトリスタンを飲み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ